何処にか甦らん 2001/05/25


  全ては噂なんだ。
  そう、客観的事実になるための証拠もなければ、信憑性の高い証人もいない。モニターから起こした写真やヴィデオはあるにはあるが、みなぼやけていたり、暗かったりしてよくわからない。
  でも、目撃した連中は
「あれは確かにいる」「絶対にいる」「今日もどこかを這い回っている」と断言する。
  もちろん、ぼくもその中の一人だ。
  なにしろ、ぼくがヤツらを最初に見つけたんだから…

  あの日もぼくはモニターに向かっていた。
  朝だったか、昼だったか、夜だったかはわからない。雨戸は三年前から引いたままだ。三つある時計は全部止まっている。電灯は一切なし。モニターから放射される光が全てだ。
  カレンダーは何年も前のお気に入りのアニメのキャラクターのをそのまま飾っている。
  日付と時間はウインドウズの画面のものしか信用していない。
  それによると今日は世間では長く続く連休の初日…
  午前○時、おそらく今世紀最大にして空前絶後のゲームが配信されてくる。
  午前二時、ようやく分厚いマニュアルを読み終えた。
  リアルタイム進行のゲーム画面に切り替える。
  大勢のバカ共がマニュアルもろくに読まずにゲームの世界に突撃している。
  これだけの賞金が掛かっていたら、無理からぬことだが…
  午前四時、慎重にキャラクター設定を行う。
  午前六時、設定したキャラクターの身になって、もう一度マニュアルを読み直す。
  午前八時。
  学校には行かない。行けばいじめられる。
  学校だけじゃない。ここは弱肉強食の世界なのだ。金持ちは貧乏人をいじめる。権力者は権力のない奴をいじめる。元気な連中は弱っている奴をいじめる。たまに愛だとか勇気だとか希望だとかの戯言を言うヤツがいるけれど、九九パーセントが偽善者だ。
  最初のうちは先生やクラス委員が来てくれていたけれど、やがて来なくなった。きっと最悪の結果が起きてニュースやワイドショーのネタになるよりも、じっと隠れていたほうが利口だということが彼らにもわかったのだろう。
  全く幸いなことに、一人がひっそりと暮らして行くだけの金がある。
  ぼくは誰の情けにも縋ってはいない。名誉ある自立した市民だ。ゲームの答やアイテムの在処などをネットで教えてやると、ほとんどの迷子ゲーマーは喜んで所定の料金を払い込んでくれる。
  食料や衣料など、生活に必要な物資は、通信販売の配達員が、所定のボックスに入れてくれている。風邪くらいはネット医者と、簡易端末診療装置で充分治った。
  だからここ数年、生身の人間とは顔を合わせていない。
  これがぼくの望んだ理想の生活、誰にも邪魔されない、静かで、気楽な暮らしだった。「あいつ」を目撃するまでは…

「何処にか甦らん」
  タイトルとしては多少奇妙だったけれど、変というほどでもない。配信会社はブルー・ハーツという旗揚げしたばかりのところ。
  ゲームの内容は陳腐と言えるぐらいにありきたりのものだった。
  広大な地下道と洞窟を巡り巡って、最後にはこの世界を破滅に導こうとしている魔王を倒す、というもの。ゲーム・ネット上で知り合った仲間と最大4名のパーティを組むことができるが、ぼくのような名人にそんな必要はない。
  ただ、このゲームが変わっているのは、雑魚キャラを倒しても経験値は入らず、ヒントや奇妙なものを目撃するとフラグが立ち、次のステージに進める、というところだ。
  アドヴェンチャー・ゲームに近い感じがするが、参加者全員が一本道ないしはマルチ・エンディングの答を求めて進むのとは違う。参加者のうちの誰かが何かをすると、それだけでもう条件は変わる。
  例えば、あるヒントがゲーム内の地下鉄駅構内の伝言板に書かれていたとしても、間抜けな誰かがそれを消して代わりに己の伝言を書いたりすれば、それでもうそのヒントは永久にオジャン、という具合にだ。
  配信元のブルー・ハーツ・ソフトウェアはこれが第一回の配信ゲームということもあって、ぼくらプロゲーマーが二〜三年はうっとうしい「必勝本」造りから解放されるぐらいの高額の賞金を賭けていた。
  もちろん、最初に魔王を倒した者に、だ。
  これまでの例から類推して、一週間前後でコンプリーターが現れるだろう。
  これはもう、頑張るっきゃない。ぼくは一週間ぐらいの徹夜なら平気だ。
  雑魚を倒しても経験値は入らないのだから、できるだけ有効なヒントを掻き集めねばならない。また集めたヒントで消去可能なものは消滅させておかなければならない。
  ライヴァルは蹴落としておくに限る。
  魔王を倒し、賞金を獲得し、家庭用ゲーム機械に翻案された際に必勝本を書くのは、ぼくでなくてはならない…

      第一伝説群

  何が「伝説群」なのか、いまのところさっぱりだが、ネット・ゲームの中でのぼくの名前=ハンドル名はフェンだ。ニフティやインター・ネットの中でもこの名で通している。
  知名度は高いに越したことはないからだ。
  ゲームの中の種族と職業は、獣族の盗掘屋を選択した。
  他にお馴染みの人間や妖精、戦士や魔導士など盛り沢山なものの、ステータスは当然のことながら一長一短があり、この辺は感性と言う他はない。

  獣族のフェン(一六歳)はすり切れたジーパンとジージャンでニューヨークのものとおぼしき落書きだらけの地下鉄に乗っていた。
  車両から車両へうろうろしている団体は、賞金だけが目当てのにわかゲーマーたちだろう。話しかけるのは時間の無駄だ。
  暖房と汗と鉄錆の臭いが漂ってくる。結構な「統合環境アウトプット」さまさまだ。
  列車がカーヴを曲がる際のキキーッという音。駅名を告げるアナウンス、紙袋を抱えたホームレスたちの姿も目につく。
  みんなこの車両からスタートしたのか、このキャラ、この時間に立ち上げた者はこのスタートになるのかわからない。
  ヒスパニック系の料理の匂いがする気がした。キーボードは止めにしてコントローラーを左右に振って見ると、目の前に何枚もの服を重ね着した大柄なスキンヘッドの黒人の男が、テイクアウトのそれを、ろくにかみもせず、貪っていた。
  こいつがゲームの固定キャラなのか、参加者なのかは分からない。もし参加者ならこのキャラを操っているゲーマーが、本当に黒人なのかも不明だ。案外こういうキャラを選択するのは、WASPのスノッブが多いと聞く。
  トウモロコシの皮で被われている中身に興味がいった。挽肉や赤い唐辛子に混じって、ゼリーのように透明なヌードル状のものが入っている。
  さて、あれは新しいジャンク・マテリアルなのか、ゲームを解く鍵の一つなのか、男が持っているファースト・フード店の袋には螢光紫のインクで
「何処(サムホェア)チェーン」
  と刷られている。
  話し掛けるとどうなるのか?
  いやいや、ここは職業上の感から話し掛けないほうがいいと判断する。
  物を言うと、相手が尖った犬歯に気が付く確率が高い。「この世界」では獣族はプア・カラードやプエルトリコ系の人間からも差別をされている。
  そういうのをわざわざ選んだのは、この種族でなくては行けない場所に重要な鍵があるだろうと踏んだからだ。もっとも、高級ホテルやレストラン、宝石店、銀行の貸し金庫室に置かれたヒントはたぶん永久に拾えないだろうが…
  食べ物に喰いついた男が顎をしゃくると、透明なゼリーのヌードルはチューインガムのように伸びた。
  参加者の一人と思われるマッチョの制服警官がツカツカと歩み寄って男に職務尋問した。
  と途端に、男は目にも止まらない速さでサヴァイヴァル・ナイフを抜いて、警官の左胸にに突き立てた。
  車内に悲鳴が起きる。
  黒人は逃げ、警官は即死した。
  赤くのっぺりした血が曇ったジュラルミンの床に広がる。
  これでこのパーソンの参加料はまんまとブルー・ハーツ社のものになった。ご愁傷さま…  まだ初日の午前中というのに。
  列車は次の駅で臨時停車した。
  ぼくは同じプラットホームから、次に来た反対方向行きの列車に乗り込んだ。
  「盗掘屋」のぼくは、そろそろ仕事に向かったほうがいいだろう。
  マニュアルによると、この世界での「盗掘屋」とは民間人立入禁止の再開発地区にうっちゃられたままの廃墟に不法侵入し、金目のものを盗み出して専門の故買屋に売り捌く者のことで、ほとんどが獣族である。
  この設定からして、繁栄していたと思われる都市の一角を襲ったのは、バイオ・ハザードか何かの類いかも知れない。
  ま、そんなことはどうでもいい。
  問題なのは、この仮想世界でステータスを上げることではなくて、(もしそうなら、キャラクター設定で金持が集う秘密カジノで働く妖精族の娼婦でも選択するが勝ちだろう)最初に魔王を見つけ、倒し、賞金を獲得することだ。
  列車は終点に着いた。ぼく一人を残して、後の連中はみんな降りたようだ。銀色に鈍く輝く線路とは、まだまだ先へと続いている。「向こう側」からキーキーという蝙蝠の声に似た風鳴りと共に、淀んだフロンの臭いのする風が吹いてくる。
  縁が茶色く腐食した駅名表示版では、「次の駅」は灰色のペンキで塗り消されているけれど、確かにその駅は存在する。
  扉が閉まり、列車は音もなく走り出した。
  かつては大勢の人が利用し、賑やかだった幻の街に向けて。
「よう兄ちゃん、ここから先へは行かせないぜ」
  どうやら、乗客はぼく一人になっていたと思ったのは勘違いのようだった。
  頭をモヒカン刈りにしたり、メッシュに染めているいかにも柄の悪そうな、背丈も揃っていない三人組が、二三両離れた車両からやってきてほざいた。
  彼らもどうやらプログラムの一部じゃあなしに、ゲームの参加者らしい。
「俺たちは『皮剥ぎ解剖ゲーム』で勝ち残って、『遺跡』のヒントを聞き出したんだ。
  アステカのドルメンに見立てた金属ベンチで人体模型みたいになっていた奴からよう」
  なるほど。「パンク」を選択すると、こういう経路になる、って言う寸法か。
  フリー・シナリオっていうのも最近は結構よく出来ているみたいだ。
「どうしよう、まだ一人余裕があるわよ。誘っちゃおうか?  獣族の盗掘屋は頼りになるかも」
  髪の毛を紫色に染め、ミラー・ボールに似たピアスをしたチビが言った。
「おい、そんな相談はエンカウントする前にしておけよ」
「何ッ!」
  ヤツらは血痕がベットリと着いた皮剥ぎナイフを振りかざす。
  こういうのに限って、現実の世界では、真面目な会社員か学生だったりすることが多い。
  たまの仮想世界では、日頃は絶対になれない者になって、大いに羽根を伸ばそうという寸法だ。この手合い、頭の線が切れやすいのも、両方の世界で共通だ。
「あの真面目な人が!」って風にね。
「どうだ、俺たちの仲間にならねぇか?  お宝は山分けだ」
  様になっている。少なくとも棒読みじゃあない。
「いいだろう。ぼくはフェンだ」
  ポリシイを変更した。この世界、素早いポリシイの変更と、転職、転種族、転属性など変わり身の速さがサヴァイヴァルの重要なポイントになる。
  ま、日本の戦国時代と思ってもらっていい。「俺はカーン」  モヒカン野郎が言った。
「俺はキッシュ」  とメッシュ野郎。
「あたいはミラー」  とピアス野郎。
  濃いアイシャドー。伸ばした爪にはマニュキュアをしているが、ミラーと名乗ったヤツは間違いなくニュー・ハーフだ。人間は瞞せても、獣族の鼻までは瞞せない…
  せっかく名乗ってくれたけれど、ちゃんと覚えるつもりなどさらさらない。
  メモのボタンも押さない。
  どこか適当なところで後ろからバッサリやってやる。もっとも連中だって同じことを考えているだろうが…
  列車が停車した。
「研究ゾーン」
  いかにも臭うじゃないか。
  と、女の悲鳴がした。
  地下鉄の、正真正銘の行き止まり、車止めの脇に直径二メートルほどの小さな穴が開けられ、地味な赤いワンピースを着た中年の女が、屍食鬼に連れさらわれようとしている。「どうする?」
  カーンが言った。
「でも助けてももうパーティには加えられないわよ。いわゆる『お約束』ってヤツで」
  ミラーが言った。
  ぼくは隣にいたキッシュを睨んだ。
「でもヒントを持っているかも知れないぜ」「そうだな、助けられるもんなら助けてやるか」
「よし、キッシュとフェンは追跡。ただし深追いするなよ。俺とミラーはここで警戒している」
  ぼくは四本足になってトンネルを走った。
  こういう場所では獣族は圧倒的に有利だ。
  すぐさま影に追いついて、屍食鬼の腐った身体をさんざんに咬み付いてやった。
  奴はたまらなくなって女を放した。
  そこへキッシュの奴が息を切らしてやってきた。
「やるじゃないか、フェン」
「あんたもちょっと戦ってみるかい?」
  ぼくはキッシュの背中をドンと押してやった。
  窮鼠猫を齧る──じゃあなくて窮屍食鬼、パンク野郎を囓る、って寸法で、長く景気のいい悲鳴がトンネルじゅうに響いた。
  どうせあいつもバーチャル世界でさんざん悪事をしてきているに違いない。良心の苛責を感じることなどさらさらないだろう。
  ぼくは女を抱えてトンネルを出た。
  出口ではカーンとミラーが待っていた。
「キッシュは?」
  ミラーがその目を血まみれのナイフと同じくらいに血走らせて尋ねた。
「死喰鬼を追いかけて行ったよ。『ヒントを持ってるかも知れない』と言ってね。いいヒントを取ってくれば、分け前の割合を上げてやらないといけないかもな」
  女が目を覚ました。
  こんな危険地帯をドレス姿でうろつくなんて、どう考えてもクレイジィとしか言い様がない。
  女性の参加者だったら(男である可能性も大ありだ)「美貌の女性サイボーグ」とかを選びそうだ。HPは高そうだし、頭部だけ生身で、後はハイ・マンガン・スティールのナイス・バディなんてイカすじゃないか?
  ゲームの固定キャラだったら、最初のヒントを手に入れないと…
  女が目を覚ました。
「大丈夫かい?」
  ぼくはお決まりの台詞をタイプしたが、カーンは女のワンピースのボタンを毟り取り、ベージュ色のブラジャーに手を掛けていた。「よさないか。やってもいいだろうが、ヒントが先だろうが?」
  ぼくが肩をすくめると、カーンはしぶしぶ手を引っ込めた。
「賞金が手に入れば、仮想じゃない、生身の女性だってなびくかも…」
  ミラーがボソリと呟いた。ぼくはこういうタイプが好きだ。
「あなたは誰ですか?  どうしてこんな危ないところにいるのですか?」
  ぼくは缶ドリンクのプル・トップを引いて女に勧めた。
「わたしはソニア。以前ここに勤めていて…」
  これで決まり。ソニアはブルー・ハーツ社がここに置いた固定キャラだ。利用価値Aクラス。乱暴して精神錯乱なんかにしてしまえば損なことこの上ない。
「ここのどこ?」
  マニュアルによると、ここにはかつてこの世界の先端科学産業が固まっていた。
  大学、研究所、国防施設、製薬会社、P4の遺伝子工学施設、物質の電送を実験中の工場…
  胸が高鳴った。おそらくカーンもミラーも同じだろう。もうキッシュの行方など上の空だ。
  女の返答は期待にたがわぬものだった。
「バン・ツーです」
  それはこの世界で最大かつ唯一の広告代理店の名前だった。
  胸が高鳴る。バン・ツーは広告代理店である以上に、世界征服を企む極悪非道の秘密結社も真っ蒼の、様々な謎と噂の発振源的存在なのだ。中でも極め付きは、両者が同じ団体であるという噂だ。
  カーンとミラーはキッシュのことを思いだしかけていた。マズい…
「以前バン・ツーに勤められていた方が、どうして一人でこんなところへ?」
「…………」
  相手は蠣みたいに黙りこくった。
  ぼくは「アンモナイト」を取り出して、公衆電話の専用ジャックに接続した。
「アンモナイト」というのは、この世界の携帯用小型通信コンピュータのことだ。
  幸い、バン・ツー社本社の社員名簿は差し障りのない範囲で公表されていた。
  あの「事件」でバン・ツー社本社の一二六階建てのビルには無数に亀裂が走り、中にいた社員や従業員のほとんどは謎の死を遂げた。──他の建物や施設にいた、この世界で最も優秀と思われるエリートたちと共に、だ。
「ソニア・グリーン
  元バン・ツー社、総合都市現象科学研究
チームのメンバー。「崩壊」(クラッシュ)の際の三二名の生存者の一人。
  同チームのメンバーは所長のプレサリオス・ハワード以下、彼女を除く全員が死亡した」「ケッ、保険屋の姉ちゃんかい。だったら用はねぇ!」
  カーンがさっきの行為の続きに戻ろうとした。
「よせ、それに彼女は株屋でも保険屋でもない。バン・ツーの社員だ」
「どっちも似たようなモンじゃねぇか」
「違う!  おまえらは、おとなしく病院のベッドで寝ているのが筋合いのOLが、どうしてこんなところをウロウロしているのか、知りたくないのか?」
「ようし、分かった。教えろ!  教えたら無事に帰してやる」
  カーンはソニアの襟首を掴んで怒鳴った。「隠すことなかん何もないわ。もし話してもあなたたちは信じないでしょうし、金にも女にも結びつかなくてよ」
「そいつは俺たちが判断する」
  カーンは思ったより決断力がある。もしかしたらこの世界ではパンクのボスか何かで、現実の世界でも何かのかなりの地位にいる奴かもしれない。
「いいわ」
  彼女は話し始めた。

      第二伝説群

「『ゴースト・マーケット』を知っているわね?」
  知っている。この世界で有名な商業地域
だったが、地下鉄の新線ほかの新しい交通機関の中心が新市街のターミナルに移動するにつれて、次第にさびれていった旧市街のことだ。
  商店街は歯抜け状態で、痛んだ箇所は補修もされず、討ち捨てられている。悪党どもやパンクやぼくたち盗掘屋などの巣窟になってしまっている。
「市長を始め施政者たちはあそこを不法占拠している連中を早く追い出して、地上げをしたがっていた。でも、まともな方法ではお金も時間もかかるし、ということで、市の幹部たちからわたしたちバン・ツーの特殊プロジェクト・チーム、通称『レジェンド・メーカーズ』に依頼があったの。
『レジェンド・メーカーズ』は早速綿密なリサーチの末に一つの提案をしたの。
  それは簡単に言ってしまうと、『ゴースト・マーケット』の中に正体不明の怪物か何かを出現させて、適当に犠牲者を作っていけば、みんないつ自分が襲われるかという恐怖感から自然に土地を手放し始めるだろう、っていうものだったわ」
「何だと!」
  カーンもミラーもぼくも開いた口が塞がらなかった。
「──すると俺の友達(ダチ)が『ゴースト・マーケットの変電室に盗電に行って奇妙なモンを見た』って言っていたのは…」
「そう言えば、あたいのダチも『地下の駐車場で何か変なものを見た』って」
  カーンとミラーは珍しく真面目な表情で顔を見合わせた。
「…それはたぶん『レジェンド・メーカーズ』のスパイが口コミで流した噂だわ。『第一段階』って言うやつよ」
「見た、ってハッキリ言ってるんだぜ」
「ああ、それならば誰か先走ったメンバーが自分の担当モンスターについて、こっそり実働テストをやったのかもしれないわ。でなければゴースト・マーケットの人々が怪物を実際に目にしているハズはないわ」
  この女、ソニアはどうも信用できない気がする。
「で、その間抜けな作戦はどのあたりまで進めたんだ?」
「さぁ──よく分からないわ」
  その余りに無責任な返事に、信用できないを通り越して、このただ一人の生き残りである女が許せなくなってきた。
「いくら怪物を出現させたいからって言っていきなり雲をつくようなのを出したりなんかしたら、逆上した連中が大型の武器──ロケットランチャーみたいなものを持ち出して土地の被害が莫大なものになってしまう可能性があるわ。そこで、最初は大きい鼠ぐらいの、スピードがあってよく確認できないタイプの、リモコンで操作するモンスターを何体か製作することになったの。
  わたしは実際の製作にはタッチしなかった。『レジェンド・メーカーズ』の誰かと誰かがそれをやって、とにかく何種類かのフリークは完成していた。
  実物を見た訳じゃないんだけれど、外装には防腐性質のある有機質材料を使って真に迫る出来映えだったらしいわ。
  動力には最新鋭の赤外線電池を使った。僅かな赤外線さえあれば、全くの暗闇でも半永久的に動くやつよ。人造モンスターに相応しいでしょう?
  コンピュータには超小型の人工知能が搭載された。遠隔操縦者がいなくても大抵のケースに対応できて、モンスターらしく振る舞うように…」
「キッシュを殺ったあの屍食鬼がその中の一体かも?」
  ぼくはカーンの目を見た。
「違ぇねぇ」
  カーンは生唾を呑み込んだ。
「だからそんなハズはないのよ。モンスターの模型たちが、『オールド・マーケット』に運ばれる前に、あの大惨事が起きたんですもの」
「いいや、己の使命に目覚めたモンスターの模型たちは、突如として神たる人間に反乱したのさ」
  ぼくはきっぱりと言ってやった。
「確かに人間を殺せるぐらいの高圧電流や毒針は装備させたわ。
  でもいくら何でも、こんな大規模な『崩壊』を引き起こす代物を造った覚えは決してない!
  そんなとてつもないもの、『オールド・マーケット』の立ち退き程度に必要あるはずがないじゃないの!」
  目に涙を浮かべるソニアの言葉に嘘はなさそうだったが、どこかの軍部とつるんだバン・ツー社の間抜けな跳ね上がりが、特大サイズのモンスターをこっそり製作していたとしたら筋が通らぬでもない…
「行こうぜ」
  カーンが暗闇の彼方を後ろ手に指差した。「もちろん」
  ぼくは舌の先で唇を舐める。
「あんたも来るのよ」
  ミラーがソニアを引っ立てた。
  バン・ツー社のビルは縦に深い亀裂が幾筋も走って、いまにもガラガラと音を立てて崩れ去ってもおかしくない形状を示している。
  一三六階には階段を使えばいまも上がることは不可能ではないはずだが、途中あちこちで道──というか階段は塞がれた状態になっており、堀りのけながら進むにしても極めて危険だろう。
  もしも目標の階が分かっていれば、ヘリコプターを借り出して、ターザンのように飛び移るほうがまだ期待できるかも知れない。
  ところがソニアが意外なことを言った。
「『レジェンド・メーカーズ』は地下一五階にあるの。
  電話の連絡は『崩壊』以来取れないし、レスキュー部隊が何日もかかって発掘した遺体は地下一二階までの五三人…
  それよりも下にいたと思われる一三人は、遺体の発掘すら保留になっているわ」
  ふむふむ、腕が鳴る。
  いよいよ盗掘屋様のお出ましということだ。
  レスキューもアーミーも、政府ですら諦めた最も深い部分に何があるか?
  開けてびっくり玉手箱、という訳だ。
  地下への階段はほぼ完全に元通りになっていた。ただ、『崩壊』前はピカピカに磨き上げられていたであろう大理石の床石は泥にまみれ、特殊部隊の軍靴のスパイクで傷だらけになっていた。
「立入厳禁」
  一六か国語の言葉で書かれたバリケードを蹴散らし、「非常用具箱」から電池式ヘッドライトやロープ、小型のつるはしを失敬してぼくらは潜り始めた。
  ちなみにぼくはそんなものは必要ない。暗闇でも目は見えるし、自由に伸縮できる堅い爪はつるはしより便利だ。
  地下一階。廊下には工兵部隊が立てたと思われる超強化軽量プラスチックの梁と床板が張り巡らされている。空気を運ぼうとしたと思われる水道用の太いビニール・ホースが放ったらかしになっていた。
  梁の向こうの本来の壁は、黒っぽい土がベットリと付着しており、昔の状態をとどめているところはない。
「この辺りは確か政府推奨の耐震免震構造だったはずじゃなかったっけ?  それがどうしてこんな割れた西瓜みたいにぐしゃぐしゃになっちまったんだ?」
  カーンが声を潜めた。彼のような奴が声を潜めると、本当に恐ろしい気がしてくるから不思議だ。
「──ぐしゃぐしゃになった建物が多いからぼくら盗掘屋がおまんまにありつけるって寸法さ」
  しかしゲームの中のぼくは、このエリアを『掘った』ことはないという設定だった。
  二○年前の震災で崩れ去ったままの広大なメガロ地下街を根城にしている一匹狼のぼくが、別エリアに出しゃばってくる必要は普段なら、ない。
  カブセル倉庫の完全真空のケースの中で無傷のまま眠っている二○年前のカメラやラジカセ、時計やアクセサリー、服や靴は結構な値になる。
  しかも持ち主のほとんどは死んでいるか、所有を放棄しているので、後ろめたさを感じることもない。
  この世界に於て盗掘屋はアンティーク・グッズを掘り出すことで、もっぱら人々から感謝されている…
「しかしよう、案外警備が手薄だったよな。高圧電流の流れている電線もねぇし、監視カメラもねぇときている。
  メガロ地下街と同じで『どうぞ盗掘屋の皆さん、ご自由にお荒らし下さい』と言ってるみたいじゃねぇか」
  カーンの言うことはもっともだが、ぼくや盗掘屋の仲間は、知るかぎり今まで誰もここに近寄った者はなかった。獣族は勘が働くんだ。
「ここには金目のものは何もない」って。
  そのぼくが初めてやってきたのは、ここに巣喰う何者かを倒せば「現実の世界」のぼくが潤うからに過ぎない。
「よく考えたらよう、何でぼくが、あんたなんかのためにこんなヤバいことをしなくちゃならないんだ?」
  モニター画面の分身がくるりと振り返り、銀色の鉤爪を伸ばしてわめいた。
  マウスとコントローラーの両方を使って何とか進行方向を向けたけれど、ひょっとするとこいつはいざと言う時、コントロールが効かない、もしくは効きにくいキャラクターかも知れない。
「強制イベント」ってヤツはどうも好きになれない…
「──ゲームの中でぼくがくたばっても、あんたは参加料を損するだけだ。もしうまくやってコンプリートしても、賭けられた賞金はぼくには入らず、あんたに入る。こんな分の悪いことってあるか?」
  フェンはなおもブラウン管の向こうから叫び続ける。
「コンプリートしたら、この世界のみんなが救われる。おまえは一躍英雄だ」
  余りうるさいので、わざわざキーボードから入力してやった。
「誰も見ていなかったり、見ていてもこんな連中だったら、誰もぼくがこの世界を救った勇者だなんて思うものか!」
「この地下には金目のものはないという設定だが、実は隠されているかも知れない」
「分かった。分かったけれど、無茶だけはさせないでくれよ。──全く、ぼくが怪我をしたり疲れたりしたら、あんたが痛みを感じたりしんどくなったりすれば面白いのに」
「それがバーチャルのいいところさ」
  フェンはしぶしぶと、さらに奥へと進みはじめた。
  梁に加えて、湯水のように使われた硬化樹脂が、壁や床一面をベットリと覆っている。
  地下一階はかつては商店街だったところだ。
  メガロ地下街と違うところは、徹底的に壊れ、中の商品も滅茶苦茶になっていることだ。
  マネキンたちの首や身体はねじ曲がり、ドレスや背広は未知の虫たちに蚕食されたかのように汚点や穴だららけになって垂れ下がっている。
  宝石店の金銀のアクセサリーも、すっかり黒ずんだり、茶色の錆の固まりになっていた。
  ソニアがしゃくり上げた。どうやら勤めていた頃の華やかだった頃に比べて、余りにも変わり果てた姿にショックを受けたらしい。
  ガラスのケースはことごとく木っ端微塵に砕け、強化プラスティックのそれはセロファンをくしゃくしゃにしたみたいになっていた。
  これでは、「保存ケース」で保存されていた在庫の商品もとても売り物にならなくなっていることだろう。
  やはり獣族の勘は正しかった。
「ひでえな」
  カーンが眉をひそめた。こいつの「ひどい」は常人の十倍はひどいと見ていい。
「こりゃあ絶対に地震なんかじゃないわよ。まるで、そう…  フル・スピードの超音速旅客機がすぐ頭の上を飛んだみたいな…」
  ミラーは無意識に自分のピアスを触りながら言った。
「バカ言え!  ここは地下だぞ。地下でそんな物凄い衝撃が走れば、建物全体が陥没するか、消滅しちまうよ」
  化粧室が比較的被害を受けてなさそうだったので入ってみたが、便器という便器には逆流した汚水が溜って凄まじい異臭を立てていた。
  こんな場合は長所転じて短所となる。獣族の鼻にはこれはかなりこたえる…
「ところであんた、『レジェンド・メーカーズ』の生き残りだそうだが、何で生き残ったんだ?  『崩壊』の当日、風邪かか何かで休んでいたのか、それとも外回りの仕事をしていたのか?」
  カーンは針ネズミのようにケバ立ったソゲだらけの疑似木製のベンチに、インチキのヨガ行者よろしくあぐらをかいて座り、腕組みしてソニアに尋ねた。
「わたしは…  助け出されたのよ」
  ソニアは内側から小爆発して、見本の缶を放射状に飛び散らせているドリンクの自動販売機に寄りかかって答えた。
「嘘よ!  『崩壊』では一人の生存者もいなかったって報道されたわ!
  そんな人がいたら──しかも大した怪我もなく──大々的にニュースになっていたハズだわ!」
  ミラーが缶を蹴ると、それは埃の固まり
だったかのように白い煙となって霧消した。「わたしはあの日のあの時間、地下一五階の『レジェンド・メーカーズ』の極秘研究室にいて、『オールド・マーケット』の連中を立ち退かせるために使う全長三○センチぐらいの、カンブリア紀の両足類ににたモンスターの最終チェックをするところだったのよ。
  そこで初めて『芸術作品』の仲間内の御披露目となるはずで、期待と恐さで胸をドキドキさせていた」
  彼女は黒い墓標となった案内板にもたれて語り始めた…

    第三伝説群

「わたしたちが造ったモンスターは大小二○種類、総勢で二○○体だったわ。
  結局わたしはその朝もらった図面でしか見ていないのだけれど…
  全部が小型コンピューターと通信機で、遠隔操縦するようになっていたけれど、自動操縦に切り替えることもできた。
  電池は水素リチウム電池を使ったものが一番多く、外装には特撮映画で使う特殊な樹脂を使っていた。
  あれを見れば誰だってみんな本物の化け物と思ったはずよ…」
「すると、事実を知らない者が見たら…」
  カーンとぼくは異口同音に訊ねた。
「マジで本物のモンスターと思うはずよ」
「しかし、ここを掘り起こしたレスキューもアーミーも、誰もそんなものは見ていない。
  制御を失ってうろうろしていたら、誰かがどこかで目撃しているハズだぜ。
  哀れ二○○体のモンスターは、みんな地下一五階の実験室で、ペシャンコになってるんだろうさ」
「カーン、いる!  いるわよ!」
  偵察(と言っても直径一○歩の範囲内)から戻ってきたミラーが素っとん狂な声を上げて彼の鎖にしがみついた。
「何がだ?」
「いま物陰で何か動いたの!」
「ネズミだろう、バカバカしい」
  カーンはミラーの手を振り払った。
「そうかしら、暗くてよく分からなかったけれど、半透明でブヨブヨしていて、大きさは小型犬くらいあったわよ。そんなネズミがいるかしら?」
「わたしたちが造ったヤツだわ」
  ソニアが放心したように言った。
「やはり埋もれたり、壊れたりしないで、人間の制御もなしに、勝手にそこらをウロウロしているんだわ」
「バカな!  ここを掘ったレスキューもアーミーも、そんなものは目撃してないんだぜ!
  ミラー、てめえヤバいクスリのやり過ぎじゃあねぇのか?」
  カーンが唾を飛ばして言った。
「でも、それなら彼らはなぜ、地下一一階で掘るのを諦めて、警備の兵士も立てずにさっさと撤退してしまったんだろう?」
「そ、それは…」
「だからいるのよ。人間によって人間を脅し襲うように指示された何かか…」
  ソニアがさらに声を低くした。
「分かった。じゃあ百歩譲って、連中の一部が何千トン、何万トンにも及ぶ落盤にもびくともせず、隙間を伝ってレスキューとアーミーを襲いました、ってことは認めよう。
  レスキューはともかく、アーミーは武器を持っている。バイオ・ハザードなどを想定して、未知の生物に対する対処法だって演習してるんだ。そんなプロの連中が、尻をまくって逃げ出すような凄いモンスターの模型を、あんたらが造った、とでも言うのかい?
  ハハハ…  臍が茶を沸かすぜ。
  そんなものがホイホイ簡単に作れるのなら国防総省が札束を詰め込んだアタッシュ・ケースを持って飛んでくるぜ。大量生産すれば、中国でもロシアでも簡単に征服できるってな!」
  ゲラゲラとバカ笑いしていたカーンが、ふと笑うのを止めた。
「そうだわよねカーン、わたしもどうかしていたわ。ヤキが回ったのよ!」
  ミラーが言った矢先だ。
「いる…  いまそこを…」
  濁った汚い眼の瞳孔が点になっていた。
「どうする、帰る?」
  ミラーがまたカーンにしがみついた。
「待て、俺たちゃいまゲームの中の存在だ。化け物に喰われてくたばろうが、どうなろうが、実際に死ぬことはない。死んでもゲームの中だけだ。参加料を没収されるだけで、次の瞬間からまた現実に戻れる」
「そうだわよね。やっぱりあたい、どうかしていたわ」
  ぼくはまだ、ぼくだけが目にしていないモンスターの模型について考えながらも、別のことでヤキモキしていた。
  それはぼくがやっつけてしまったキッシュのことだ。ヤツもまた現実世界での実体を
持っている。自分が獣族のフェンと言うエグい野郎にハメられたことを、車を飛ばして、あるいは別番号の携帯電話でカーンやミラーにチクったりしないだろうか?
「これは本当は機密事項なんだけど…
『レジェンド・メーカーズ』のメンバーたちは、モンスターの模型に決定的な『魂』を与えたくて、邪神を召喚しようとしていたわ」
  ソニアがまた、にわかには信じがたいことを言った。彼女が非科学的なことを言うのはこれが最初だったから、ぼくたちは一層混乱した。
「大企業バン・ツー社の『レジェンド・メーカーズ』が、地下一五階にしつらえた邪神の神殿で、めいめい顔がスッポリ隠れる三角の帽子をかぶって、魔法陣の上で邪神召喚の儀式をとり行いました、か…
  一流企業のエリート・サラリーマンが、何が悲しくてそんなポンチ絵のようなことをしなくちゃならないんだ?
『オールド・マーケット』の住人を追い出すためのモンスターなど、最新科学を駆使した模型で十分のハズだったんだろう?」
「この世界も、あなたたち獣族や妖精族や、龍族や、ドワーフやトロールやその他もろもろの変異体と共存するようになってから、広告やデモンストレーションもそれぞれに合わせてやらなくっちゃならなくなってることは知っているでしょう?」
「そうさ、獣族用のジャンボ・サイズのクズ肉のハンバーガーや、妖精族用のフアッション用品がな」
  カーンがなじるように言った。
  ソニアの眼は人間離れした緑色に輝いている。ひょっとすると、彼女も純粋な人間ではないのかもしれない…  それだったら彼女だけが助かった訳が分からないでもない。
  そうだ。きっと彼女は奴らに命令を下せるのだ。仲間かもしれない。人の形をした彼女が彼らのボスかもしれない。
  獣族の鼻をごまかせるほどの変身能力があるのなら、それだけでもただ者じゃない。
  超能力(ESP)、魔法…  存在する以上利用しない手はないだろう。
「よし、そうそういつまでもぐずぐずしちゃいられねぇ。後は歩きながら話そうぜ」
  ぼくらは、かつては白いリノリウムでピカピカに輝いていた階段をさらに下へと降りた。
  地下二階はかつてレストランや喫茶店、酒場などが並んでいたフロアだった。
  雛段飾りに飾られたままの臘細工の料理のサンプルが、そのまま放置されている。
  お子様ランチもあれば、焼肉定食もある。
  人間と妖精族を相手に、ケーキや飲み物をズラリと揃えたカフェテリアもあった。
  事故当時から陳列してあった生ケーキがそのまま灰色の泥の固まりとなって朽ち果てている。
  どうやらモンスターさんたちがいるにしても、リチウム電池しか召し上がらない様子だが…
「さて、あんたがどうやって助かったのか、詳しく教えて貰おうじゃないか?」
  カーンは寿司屋の陳列棚に鋭い蹴りを入れた。鮪のトロや烏賊のゲソの握り鮨のサンプルがあたり一面に吹っ飛んだ。
「地下一五階で召喚の術は行われた。誰と誰がやったかはいまではさして重要なことではないわ。その人たちはみんな貪り喰われて死んだから…」
「何だと?」
  カーンはもともとやぶにらみの眼をさらに細めた。
「模型のモンスターは人間と疑似人類−−『オールド・マーケット』に棲んでいる連中を襲い脅しはするだろうが、喰ったりなどするものか!  IC部品と、超小型モーターと、樹脂や歯車の固まりなんだろう?」
  ぼくも失笑を押さえられなかった。
「宿ったのよ。呼びかけに応じて、時間と空間をねじまげてやってきた古い支配者の一つが、CPUとかROMとかRAMに…
『奴』は形を持っていない。いわば電流か磁気信号か、ソフトウェアのような存在だった。
  もちろん高度な知能や知性を持っていて、相手に対してたちどころに最も適した『もの』になることができる…
  チップの回路=ウエハーに宿った奴は、直ちに特殊な磁場磁気を放射して、空気中の窒素や酸素や炭素を寄せ集めて、細胞の粒を造り、いまではれっきとした生物になっているはずよ」
「なるほど、そいつが今回俺たちが倒すべき『魔王』ってことだな。
  これで相手は分かったぜ」
  カーンは両方の腰にブチ込んだプラズマ・ナイフを曲芸師のようにくるくる回して見せた。
「でも二○○体もいるのなら、どれがボスなのかすぐに分かるかな?」
「分かるさ!  一番でっかくて立派なのがボスだ」
  ミラーがまた「ヒーッ!」と変な悲鳴を上げた。
  螢光紫のマニュキュアをして、爪の真ん中には真珠を埋め込んだ細い指が指し示す方向には、ブクブクと泡を立てているいけすがあった。
  かつては鯛や平目などの値の張る魚が、遠い海から連れられてきて、処刑されるのを待たされていた入れ物だ。
『崩壊』があった後、何か月も水を代える者もなく、中にいた魚もとっくの昔に腐り果てて、いまではてっきり腐汁と化していたと思いきや…
  水槽越し、濃いドロドロのヘドロの向こうで、間の詰まったいくつもの金色の目玉がギラギラと輝いている。
「どうする?」
  カーンがぼくの目を見た。
「ブッ倒して、そいつで捌いて見れば、彼女の言っていることが本当かどうか、分かるかもな」
  ぼくは彼が持っているサヴァイヴァル・ナイフを顎でしゃくった。
「しかし敵どもはすでにキッシュの野郎を殺るかかっ攫うかしている。ガタイに関わらず、強敵かも知れねぇぞ」
「同じゲーム・オーヴァーになってしまうにしても、もうちょっと先に進んだほうが、参加料がお得かも…」
  ミラーちゃんがシナを作ってすり寄った。
  やれやれ、どうも積極性に欠ける一番乗りパーティだ。
「どけよ、ぼくがやる」
  ぼくは何だかんだと言っては要するにひるんでいる二人を掻き分けて、水槽の前に出た。「一振り貸そうか?」
  カーンがサヴァイヴァル・ナイフを差し出した。ちゃんと刃のほうを握り、柄のほうをこちらに向けて。
「いや、いい」
  原則として獣族にヒカリモノは必要ない。「下がっていてくれ!」
  長い鉤爪を最大限まで伸ばした右手で制すると、奴らは弾かれたみたいに、こちらが予想していたよりも遥か遠くの柱の陰に隠れた。(やれやれ、そんなに下がっちゃよく見えないだろうが…)
  ぼくは水槽の中の目玉たちをジッと見据えた。
(一匹だろうか?  それとも目玉の数だけいるのだろうか?)
  鉤爪をそっとガラスに近付け、カーヴした部分でコンとたたいた。
  目玉どもは身じろぎもしない。
  もう一度、今度はコンコンと二回叩いた。
  いくつもの目玉がまるで助走をつけるかのように一斉にソッと心持ち引いた。
(一匹だ。なら話は簡単だ)
  ぼくはそこらに落ちていた大きめの船の楷ほどの樹脂の梁を身体に対して水平に持って思いきりバックスイングした。
  ブウーンと風を切る音が聞こえた。
  と、瞬間、水槽のこちら側のガラスが高速度撮影を見るみたいにゆっくりと割れて、中から大人の拳ほどの頭を持つ八ツ目鰻に似た生き物が飛び出した。
  頭は鰻のくせに、体は朱色をした蛇腹状態の甲殻に覆われている。おまけに短い節足が螺旋状に生えている。たぶん地面も壁も天井も自由自在に這い回れるように…
  あんな小さな水槽にどうやって収まっていたのかと思うほどのとんでもない長さだ。
  鉤爪で頭のてっぺんの目玉を狙った。どれか一つは潰せるだろうと思ったが、どれにもかすらなかった。
  奴は重力の法則をまるで無視して、羽根もないのに素早く空中を飛び、尾の部分でぼくの首をギュッと締めた。
  普通の人間ならば、一発で首の骨を折ってしまうほどの桁外れのパワーだった。おまけに先っ尾には強烈な毒を持っているようだった。
  全く獣族の盗掘屋を選んで大正解だった。実際はマニュアルに、「妹分と思われるキャラクターによって、ほとんどの毒に対する免疫を培われた」とあったので、こいつに決めたのだが…
  素早く胴体のほうを向き直り、両手の鉤爪でめったやたらに引っ掻いてやったが、蛇腹状の甲殼は、まるでチタン合金のように頑丈で、擦り傷一つつけることができない。
  ぼくの爪は、普段ならステンレスの流し台をくしゃくしゃにしたアルミ箔みたいに八つ裂きにできるのに、だ。
「野郎、てめぇ!」
  カーンが二刀流のナイフをふりかざして突進してきた。
  いくつもの目玉がいきなり強烈なフラッシュを浴びせた。
  ミラーとソニアはかろうじて目を伏せたりかわしたりしたが、まともに喰らったカーンはよろめいて足元の瓦礫につまずき、音を立てて倒れた。
  化け物鰻は口を開いた。深海魚の何かみたいに頭全体よりも大きく、鋭い牙がズラリと林立した口を…
  ソニアが悲鳴を上げた。
「カーン!」
  ミラーも叫んだ。
  鰻は胴体をうねらせると、アッという間にカーンをヌルリと呑み込んだ。
  最初頭のほうに近かったプックリとした膨らみがゆっくりと尾のほうに降りて行く…
「くそッ!」
  ミラーは、今度は自分に向かって迫ってきた口と牙に向かって、目にも止まらぬ速さで左右のピアスを投げ込んだ。


 
      何処にか甦らん(承前)

                1

  ピアスはバフォッという鈍い音を立てて、鰻野郎の腹で爆発した。
  密集していたら二、三十人は殺せるぐらいのかなり強力な非合法の超小型爆弾だ。
  ぼくは金属もかたなしのヤツの甲殻がバラバラになって吹っ飛んでくるものと思って、両腕で顔を覆った。
  杞憂だった。
  ヤツはビクともしていなかった。
  目玉の一つも潰れず、牙と牙の間から数条の硝煙を、まるでタバコの煙のように吐き出しただけだった。
  爆弾が粉々にしたのは、呑み込まれたカーンだけのようだった。
  ミラーは凍りついて動かない。
「冗談でしょ?  まだ地下二階なのよ。最初の敵らしい敵なのに…」
  そんな顔をしている。ご苦労なことだ。
  化け物鰻は口を閉じた。口を閉じても上下の牙は四駆車のカウ・ガードよろしく露出している。
  だが、お陰で態勢を立て直すことができた。
  ぼくも自慢の牙を剥き出しにして、奴の首の後ろに咬みついてやった。ドイツ車のボンネットを引き剥がせる牙で、だ。
  歯茎に激痛が走った。危うく折れるところだった。狙った場所はピカピカと輝いて傷一つついてはいなかった。
  ヤツは動かない。どうやら腹の中のカーンが消化されるのを待っているようだ。
  ソニアはドレスのポケットから、ごく小さなリモコンを取り出して、ヤツに向け、何度もボタンを操作したが、それが有効なら誰も苦労はしない。
「おのれッ!」
  ミラーはメイクに使う鏡を出した。クリスタルでできた玉虫色に輝く細く上品な鎖が付いている。彼はその先端を持って、鏡を振り子のように振り始めた…
  丸い鏡面がゆらゆらと揺れる…
  術は見事に効いた。いくつかある目は一つまた一つと閉じてゆき、最後には全部がふさがった。
「よかったな、うんとこさ目玉のあるヤツで」
  彼らのそばに戻ったぼくは爪も牙も元どおり引っ込めながら言った。どうせこいつには通用しないのだ。ベタに言うと「歯が立たない」
「さっさとずらかろうぜ」  ぼくは肩をすくめた。「−−今度目を覚ました時は、また腹をすかして襲ってくるかもしれないからな」「あんた!  こいつに見覚えはないのかい?『レジェンド・メーカーズ』が造ったモンスターの中に、こんなのはいなかったのかい!?」
  ミラーは血走った目でソニアを睨んだ。
  やれやれ、こいつ、この程度の実力でまだゲームをコンプリートするつもりなのだろうか?  もちろん、こっちも偉そうなことは言えないが…
「とんでもない!  こんな凄いものを造り出したら、アーミーも軍事産業も札束を抱えて飛んで来るわ」
  そうだ。どうしてアーミーはこんな危険極まりない連中をそのままにしているのだ?
  普通なら、特殊部隊の精鋭が突撃して掃討しているはずだ。もちろんこのブロック一帯を厳重に封鎖して…
  アーミーやポリスの影も形もない。ここに侵入した時もあっけないぐらい簡単だった。
  まるで魚取りの道具のもんどりのようだ。
  どこの馬の骨とも分からぬ阿呆がノコノコと罠にかかるのを楽しみにしているみたいだ。「こいつ…  何とか殺すことができないかしら?」
  ミラーは大鰻に一歩近寄った。
「さあね、でもぼくはこれ以上こんなヤツにかかわるつもりはない。眠らしたのはあんたの手柄だから、殺せるもんならあんたの好きにすればいいさ。ヒントも−−もしあるならばあんたが取ればいいだろう」
  ぼくはソニアの肩を抱いてさらに下がった。「仮に、ここにプラズマ・カッターか何かがあって、こいつの腹を裂けたとしても、カーンのヤツはもう…」
  見た目よりもセンチなヤツだ。どの道ただのゲームなのだから、そう深く考えることもあるまいに…
「−−あんた、その爪でこいつの目玉を一つでもえぐり出してくれないか。このままで済ますのはどうも…」
「そんなことをしても、最初の一つを潰したところで目を醒し、怒り狂うのが関の山さ。第一、いまヤツは瞼を閉じておねんねだ。銀行の地下金庫の扉に使われるチタンの超合金の瞼を閉じて」
  ぼくらは泣く泣くその場から後じさって立ち去った。情け無いと思われるかも知れないが、ゲームは完全に主催者側のペースだった。
  地下三階への階段は土を取り除いた部分が少なく、地底へと続くなだらかな洞穴のようだった。床から天井へとアーチ形を造っている土砂は、すでにカチカチに固まっていた。「あたいたちを出し抜き追い越して、先に行っちまったパーティがいるのかな?」
  カーンがいなくなってしばらくすると、ミラーはかえって元気になったみたいだった。誰だって一度はメイン・キャラクターになりたいさ。もっとも単なるやけくそに見えないこともない。
  ヘルメット・ライトに浮かび上がった地下三階は、半分以上が固まった泥に埋まったままの地下駐車場だった。
  アーミーが掘ったらしい人一人が腰を屈めてようやく通れるぐらいの横穴が、駐車場の通路に沿って縦横に走っている。
  いろんな種類の車の前部や後部だけが、丁寧に堀り返されている。
  ごく稀にフロントグラスが叩き割られている。遺体を引っ張り出した時のものだろう。
  いつしかぼくはレギュラーの先頭キャラになっていた。まん中にソニアを挟み、しんがりはミラーが勤めた。
「ここもヒントなんてなさそうだぜ。さっさと下に降りたほうが得かもよ。それにこんなに狭い場所じゃあ、いくら獣族でも格闘は不可能だ。でっかいミミズにでも出られた日には、アッという間に全滅だ」
「分かったわ。すぐに地下四階に降りましょう。…それと、パーティが殺られて一人ぼっちになっているヤツがいたら、加えるから。
  例えどんな奴でも、ここまで来てるということは、結構な実力者だと思うから」
  いつの間にかミラーのド派手なイヤリングが復活している。あんな高性能小型爆弾を一杯持っているなら、こいつが一番危険かもしれない。
「向こうが二人、三人で残っていたら?」
  ぼくは最初の四ツ角まで進んで左右を見ながら尋ねた。
  ずっと向こうで影のようなものが見えた。
  異様に素早いヤツだった。ヘルメット・ライトの僅かな光では人間か、獣族か、モンスターかの区別すらつかなかった。
「その場合はあたいが向こうに寄してもらうからね」
  やれやれ、「向こう」が友好的なヤツらだとは限らないぜ。ぼくよりエグいということだってある。
「何か見えた。どうする、追いかけるか?
それとも声を掛けて見るか?」
「本当?」
  ソニアとミラーが同時に言った。
「あの素早さは、人間じゃあなさそうだけど」
  そう言ってソニアを見ると、どうも落ち着かなげで何かにこだわっている様子だ。ぼくは彼女がブルーハーツ社の人工知能のキャラクターであるという疑いをさらに強めた。
「精神面だけ見れば、人間が一番アブナい生き物かもよ」
  ミラーのその意見にはぼくも大賛成だった。「−−ちょっとだけ探索しましょう。でも深入りはダメ」
  はいはい、仰せの通りに…
「ぼくは獣族だから、手足を動員すれば効率よく探索できるけど、あんたらとはぐれるかもしれない」
  じゃあ、ということでミラーが細い命綱を結んだ。
「五分でまた合流よ!」
  久しぶりに一人になったぼくは全速力で窖を駆けた。
  一人はいい。そばでゴチャゴチャ言うヤツがいないと、地下何百メートルのところにいても、雲一つない青空の大平原を走っている気になる。
  影を捕らえた。ヘルメット・ライトの黄色い光の帯の先がチラリと一瞬何かをかすめた。
  ゲームの中のキャラクターであるフェンは震え上がり、モニターのこちらのぼくも体温が急速に下がるのを感じた。
  コンマ何秒の時間だったが、形はぬっぺりとした原生動物のようだった。そいつにはウミユリに似た弁毛が密生しており、その毛はメッシュに染め分けられていた。
  全くの偶然だろうか。いいや、あれはぼくが屍食鬼に投げくれてやったキッシュの頭の毛に似ていた。
  もしそうだったら、ぼくによってゲーム・オーヴァーさせられてしまった彼が、どうして仲間にチクらなかったかが分かる。
「彼」は幸か不幸か、命まで奪われることなく、姿を変えてゲームを続けているのだ−−もっとも(ゲームの中での)「彼」の意識までもが失われずにいる、とは限らないが…
  いいや、キッシュだけじゃない。他の、ゲームの中で死んだキャラクターは、みんな化け物になってゲームに参加しているのかもしれない。
  モニターのこちら側にいるプレーヤーは言うことを聞かないコントローラーにイライラしながら、何とか参加料を無駄にすまいと、プレーを続けているのではなかろうか。
  と、身を震え上がらせる獣の悲鳴が上がった。
  悲鳴は不自然に掘られた人工の洞窟に何度も何度も谺して響いた。
  モニターのこちらにいるぼくはともかく、ゲームの中のぼくは百戦練磨の獣族の盗掘屋だ。大小のモンスターも、墓から甦った吸血鬼も屍食野郎も見飽きているし、悲鳴なんぞは電話のベルぐらいにしか聞こえないはずのタフな奴のはずなのだ。
  そいつがビクッとするぐらいだから、こちらもたっぷり一分は凍てついていた。
  ミラーが結んだ命綱がこころなしかダランと緩まった。
  ぼくは走った。最初の角を曲がったところで糸は切られ、巻き取られていた。
  方向音痴でマッピングもしていないヤツなら顔色が変わるところだが、獣族はどんな入り組んだ道をいくらでも無制限かつほぼ完全に覚えられるのだ。−−外国旅行の好きな人間が自分が行ったことのある国や都市を自慢げに全部言えるように、だ。
(襲われたのはミラーだ)
  さらに、頭の中の悲鳴の記憶から谺などの雑音をカットして考えたぼくは、そう断定した。獣族には、こんな能力もある。
  こう羅列すると、選び甲斐のあるお得な種族のように思えるだろうが、銃機の類いが扱えない。設定によると、先祖からの深層記憶からか、鉄砲の発射音を聞くと、すくみ上がり立ち止まってしまうらしいのだ。
(ソニアは無事だろうか?)
  ぼくは最短距離で彼らの待機地点に戻った。
  ミラーのことなどはこれっぽっちも心配していなかったが、ソニアのことは気になった。
  彼女はクリアー・キャラクターかもしれないし、もっとヒントを持っていたかもしれないからだ。もっとも、こいつが「強制イベント」というヤツなら、いくらもがいても反抗してもしようがないけれど…
  予想していた通り、そこにはたっぷり、人間一人分くらいの血溜りができていて、二人の姿はなかった。
  血の臭いを嗅ぐ。やはりミラーのもののようだ。ソニアの臭いはしない。
  また一人になった。心配はしない。それどころか喜んでいる。
  獣族は人間の姿に似ているが、原則として一人でいても寂しくない、また文明の利器などなくても暮らして行ける「単独生活者」なのだ。
  人間と友達になったように見えることは
あっても、あくまで仮の姿で、本来の性質は孤独を好み、仕事を済ましたりセックスをするとすぐに別れる。
  さらに便利なことに、一人でいる恐怖を感じることもない。まさに早くゲームを解きたいヤツのために造られた種族だ。
  ここではモンスターにやられたヤツが、モンスター化しているらしいことが分かっただけだ。つまり、このRPGでは死んでゲーム・オーヴァーになるということがないらしい。ひょっとすればモンスターになってしまったほうが最後の敵に近づきやすいのかもしれない。
  ブルー・ハーツ社が「こんなに早く、いとも簡単に死んでしまうなんてインチキだ、金を返せ」という間抜けプレーヤーたちからの抗議に備えて、予防線を張っているだけかも、とも思える…
  ともかく、ぼくの推測が正しければ、カーンもミラーもモンスターになって、まだそのへんをうろうろしているということだ。ミラーを襲ったのはキッシュやカーンだったという可能性もある。なにしろ変わり果てた姿になった奴を見た直後の襲撃だ。吸血鬼にされたヤツだって、まず身近な人間を襲うじゃないか?
  地下四階に降りた。ここも駐車場の続きだ。ここにもレスキューとアーミーが必死でトンネルを掘って救助活動をした跡がある。短い間にこれだけやれたということは、彼らの中にも獣族かぼくらが伺いしれない未知の種族がいたのかもしれない。
  地下五階、ここも駐車場その三だ。ここも何かヒントが置いてあるのかもしれないが、とりあえず無視して先に進む。
  地下六階、ここは機械室だ。絶対免震構造||例え地球が粉々に砕けても、ここだけは大丈夫という、特殊合金の壁に十重二十重に囲まれたコアに、この地区一帯を制御しているメイン・コンピュータのベクスベータが鎮座しているはずだ。
  ハード・メンテナンス・ボックスに至るまでには、水爆でも吹っ飛ばすことができない厳重な扉と警戒壁が六枚あると聞いていたが…
  数々の警告文句を嘲笑うかのように、その最初の一枚は無残な姿をさらしていた。
  まるで金切り鋏を突き立てて、ジョキジョキと丸く斬り開いたみたいな乱暴な手口。
  盗掘屋でなくとも中を覗き込まずにはいられない。それでなくてもこのゲームに関してぼくはイベントをサボっているのだ。罠だろうが、何だろうが、これは行くっきゃないだろう。
  カーヴした通路を進む。最初の扉が十二時のところにあったとすると、同心円をぐるっと回り込んだ六時の位置に第二の扉があった。
  二枚目の「超合金」の扉も同じ手口でやられていた。ここに限らず、大切な扉というものは、物理的な方法でこじ開けると、派手に警報音が鳴り響くものだが、これが盗掘屋泣かせなのだ。持ち主が所有権を放棄していても、百年以上前の埋没品でも、警報システムだけはちゃんと「ご存命」ときやがる。
  もっともその場合は、警備員やポリスが
すっ飛んでくる訳ではないので、壊せばいいのだが、それでも心臓には余り良くない。
  ここの警備システムは壊されたのではなくて(そんなことをすれば、やはり派手に警報が鳴りまくる)何者かに狂わせられた様子
だった。
  ボックス状の別系統のサブ・コンピュータのカラー液晶が、デタラメなモザイクを描いている。
  これだけ派手にやったヤツが、通路には足跡一つ、塵一つも残していない。メンテ用のオート・クリーン・ロボの一連隊を従えたやつだろうか?  いや、このやり方では結構でかい破片だって飛び散ったはずだ。なのに、四方の壁には全く傷がない…  破壊しながら強力な吸引(バギューム)ができるヤツでなければできないことだ。
  仮にそれができるデカい生物または機械がいた、あったとして、床にも痕跡を残さないとは信じられない。
  念のため、ぼくは床にしゃがみ込み、鼻をくんくんと鳴らして臭いを嗅いでみた。あまり格好のよいスタイルとは言い難いので、人前では滅多にやらないが、獣族は、シェパードほどではないものの、人間の数倍は鼻が利く。
  臭いはまるでしなかった。半導体の製造工場なみに、清浄そのものだった。
  ぼくはかすかに、重力の法則を無視して宙空にホバーリングしていた鰻野郎のことを思い出した。ヤツは腐った水と泥と魚特有の臭いをふんぷんとさせていた。ヤツと同じようにホバーリングができて、厚さ一○センチ以上の硬度9の合金をやすやすと破壊できて、おまけに痕跡を残さない別のヤツがいるということだろうか?
  天井に取りつけられた防犯カメラがくるくると回っている。いかなる早業にしろ異常は上の警備室に伝わっているハズだ。なのに保安要員は誰も飛んできていない。
  さっぱり訳が分からなかった。
  第三の扉も、第四の扉も、同じやり口で破壊されている。防犯カメラはそのままだ。
  こんな芸当のできるヤツがこの世に存在するとは、にわかに信じがたかった。
  第四の扉から第五の扉までの間隔は短かった。ここまで来ると通路全体がハイパワーのエアー・シャワーになっていて、これは正常に作動していた。自分の臭いも大切にする獣族にとって、こいつは少しばかり痛い。
  どうやらベクスベータは近いようだ。
  何か音がする…
  大きなコンピュータの特殊な放熱ファンの音のように聞こえるが、少し違う…
  ぼくは嫌というほど空調の音や下水を流れる水の音を聞いてきているから、それぐらいのことは分かる…
  第五の扉から第六−−最後の扉まではほんの二○○メートルほどで、三時の方向にあった出入口は、きれいにまん丸くくり抜かれていた。
  そう言えば、穴はだんだんときれいに、小さく開けられていた。敵は防犯カメラは知らないが、相当の学習能力を備えたヤツだ。
  悩みごとが一つ増えた。異能力超能力を持ったヤツでも、知性のないヤツなら何とかなったはずなのに…
  ぼくはカメラに向かってVサインをした。この奥にいるヤツがとんでもないヤツなら、これがぼくのこのゲームでの最後の姿となるだろう…
  ベクスベータはあった。このテクノ地域が竣工した際にテレヴィで見た通りの、灰色のパネルに囲まれて、歴史ある大教会のパイプオルガンさながらに、地下一階まで届く巨大な吹き抜けに聳えていた。
「正常作動中」を示す赤や緑や黄色の一連の小さなLEDのランプが整然と明滅している。
  ホッと肩をなで下ろした。
  侵入者はどうやら、これが一体何か分からないまま、踵を返して出ていったようだった。
  ベクスベータが国で一番大きなコンピュータだ、ということはないものの、少なくともこの街全体は制御の管轄下にある。
  これがコンプリートを目的としたゲームでなかったら、間違いなくそのまま立ち去っていたことだろう。だが、ヒントを捜していた目は、少し高いところにあるベクスベータのパネルとパネルの継ぎ目から何本かの色の着いた毛の束が出ているのを見つけた。
(何だろう?)
  保安用の金属梯子が各メンテナンス箇所に向かってそこここから伸びている。
  そのうちの適当な一本を選んで登り始めた。
  獣族は高い場所にも強い。鋭い鉤爪を突き立てて岩山を登ることだってできる。梯子があれば成層圏まで大丈夫だ。
  一○メートルほど登ると、毛の束がはっきりと見えた。
(まさか!)  と思った。
  その毛はメッシュに染め分けられている。
  改めて上部のパネルに目をやると、尖ってキラキラ輝いているものや、同じくキラキラと輝いている小さな装身具のようなものが見えた。ぼくは梯子を駆け登った。
…思った通りだった。尖って突き出たものはカーンの持っていたサヴァイヴァル・ナイフの先端で、装身具はミラーの爆弾イヤリングだった。
(と、いうことは…)
  そう思って辺りを見渡すと、ほとんどの継ぎ目からアーミーの拳銃の銃口や、レスキューのナイロン・ロープの先端や、手袋やブーツのの端端が覗いていた。
(と、いうことは…)
  ぼくはもう一度心の中で繰り返した。
  ニュースではレスキューやアーミーに二次災害が出た、とは言っていなかった。でも、彼らの装備品が、やられたパーティ仲間のそれと同じところに取り込まれている、ということは…
  恐怖で錯乱するかと思いきや、頬は緩み、久しぶりの笑みが顔じゅうを覆った。目の前にいるのが化け損ねた狸だと考えると、一種の愛嬌すら感じられた。
  近代武器は苦手なので持っていない。もし対戦車ミサイルを扱えたとしても、一発や二発では埒があきそうになかった。
  確固とした金属と思っていた梯子段が急にふにゃふにゃと柔らかくなり、先端が両手両足に絡みついてきた。
  一枚のパネルの中心がムニュととろけ、中心に赤い、鋭い牙がずらりと並んだ口が開いた。
  普通だったら、この時点であっさりとゲームを諦め、怪物に喰われてやったことだろう。
  このゲーム「何処にか甦らん」はとてつもなく難しい。さすがにコンプリートする自信がなくなってきた。だが、化けモノにやられてもゲーム・オーヴァーにはならず、自らも化け物側の手先として(おそらくはどこかの天才がゲームを解き終わるまで)現実の世界に戻れないであろうところが、ぼくを奮い立たせた。
(あんな姿で、もしかすると永遠にゲームを続けなくてはならないなんて、絶対に嫌だ)
  すでに両手両足は梯子だった触手にからめ取られていたが、渾身の力を振り絞って背中を曲げ、伸ばした鉤爪で足の触手を切断した。
  切断した感じは、生き物の肉を切ったと言うよりは、電気のコードを断ち切ったような奇妙な感触だった。
  自由になった足でパネルを蹴り、ターザンよろしく弧を描いて飛んだ。飛んでいる途中で両手を重ね合わせて、手の触手も切断してやった。これで一応完全に自由となって、ベクスベータの回りを周回しているメンテ用の桟=キャット・ウォークの上に降り立った。
  これも何かの成れの果てだと、絶体絶命のピンチとなるところだが、幸い急激な変化は起こさない。たぶん、変化させたい場合でも準備の時間を必要とするのかもしれない。
  態勢を立て直した触手と、新たに梯子に化け続けていることを止めた触手が前後から
迫って来る。相当なスピードだが、かわし、振り切れないほどではない。
  二本や三本では簡単に切られてしまうことが分かったのか、触手は五本、十本と合体しかなり太いものとなって正面から迫ってきた。(あんなに束になられては切って捨てることはできない…)
  助走をつけて跳び越えてやろうと思った矢先、キャット・ウオークがぐにゃぐにゃと柔らかくなり始めた。
  業を煮やしたのか、パネルも波打ちはじめたものがあった。
  すかさずその中心にプスリプスリと爪を突き立てて、垂直に登った。
  下を見ると、水平に追ってきた触手の束どうしが激しく正面衝突して、高圧線が切れて水たまりに落ちた時に発するような白銀色の激しい火花を散らしている。
  どうやらもう爪で掻き切ってやろうなどという甘い考えは通用しないようだ。
  ぶよぶよになったパネルの中心部が十字形に裂けて新たに牙を剥いた真紅の口がいくつも開いた。
  危うく足や尻をかじり取られるところを素早く次のキャット・ウオークまで登りきり、ようやくミラーが身に付けていた装身具のところまでたどり着いた。
  丸や菱形、星形や葡萄の房の、螢光ピンクやパープルのイヤリングが鈴成りになっている。街頭でアクセサリーを売っている外国人も、ここまで来れば仕入に困らないだろう。
  右手も左手も一杯に広げて、それらをむんずと鷲掴み、ここ一番の気合いを込めて引きちぎると「ギャッ」と心臓が縮む悲鳴がした。
  短い付き合いだったのでよく思い出せないが、ミラーのそれに近かった。
  と同時に、灰緑色や褐色や灰茶色のコロイド状の体液がいくつもの雫となって下に向けて滴り落ち、迫ってきていた触手の束に当った。途端に、瘴気の霧が巻き起こり、束の一つは黒く腐りながら落下していった。
(外敵から身を守るのなら、毒液は滴るよりもま横に飛ぶほうが効果的なのに)
  思った瞬間、ちぎった後の茎に当る部分の先が風船のように膨らむのが見えた。
  飛び降りるのと、毒液がシャワー状にま横に噴霧されるのとはほぼ同時だった。
  ぼくは回転しつつ落ちながら、いくつもの大きな獰猛な口たちに向かって、ミラーの形見の品品を一つづつ放り込んでいった。
  着地の時に足に痛みが走った。HPと素早さのインジケーターを見ると激減している。
  どうやら足をくじいたようだ。
  まぁ、人間なら頭から床に激突して確実に御陀仏だっただろうから、あまり贅沢は言えない。
  口は上から順番に、大音響を上げて爆発していた。
  折れたり曲がったりした牙や、生物の肉の間にまるで干し葡萄のようにLSIチップの破片の混じったものがボタボタと落ちてくる。
  こちらも懸命によけたのだけれど、当らなかったのは僥倖だった。
  第七の扉から出るときに一度だけチラリと振り返った。
  過去、コンピュータ、ベクスベータだったものは、太くした触手をもう一度ほぐして細い沢山のものに分割して、それで刳り落とされた肉片を体液の一滴まで、呆れるほど丁寧に拾い上げて、前よりもより立派なコピー品に復元していた。
(追っ手が追ってこないだろうか?)
  と、鼓動は静まることはなかった。
  やっとの思いで一息ついたのは、痛む足を引きずって、地下七階に降りてからだった。(ここは、この街全体が、住民も含めて、ポリスもレスキューもアーミーすらも乗っ取られている!)
  そうだ、そうなのだ。だからここの入口には警備員がおらず、ベクスベータに通じる扉が壊されても、その光景が防犯カメラにとらえられていても、誰もやってこなかったのだ。
  おそらくベクスベータを乗っ取っているデカいヤツにしたって、決してこの原因の正体ではないだろう。
「魔王」は、無数かつ大小の末端の手先たちを使って、全ての支配を望んでいるに違いない…
  ヤツにとってはぼくなど、巨大にして頑健な生命体に紛れ込んだたった一個のウィルスのようなものに違いない。
  しかし見ていろよ、たった一つのウィルスでも、宇宙最強の生命を滅ぼせることを証明してやる…
  もっとも現実は厳しい。足の痛みは引かず今度何かにエンカウントして、戦闘シーンにでもなろうものなら、半分の力も出せないだろう。
(仲間の欠けたパーティと出合ったら、加えてもらおうか)
  普段は滅多に考えない弱気が出た。−−いや、そもそもここ、地下七階まで先に来ているヤツなどいるのだろうか?
  ぼくは優秀なほうだろう。…いや、ぼくだけではない。そういう意味ではカーンもミラーも優秀だった。ミラーが生前装備していた超小型高性能爆薬がなければ、半分生命体と化していたベクスベータのピンチから逃れられなかっただろう。
  地下七、八、九階は「エマージェンシー・スペース」だった。あってはならないことだが、核戦争や天変地異など、万一のために設けられた居住空間だ。
  当然、事件−−いまとなっては敢えてこう言わせてもらう−−のあった時には、誰も住んではいなかった。
  目的から言って結構頑丈に作ってあったはずなのに、ここも土砂で埋まっている。異変がここより下で起きたせいだろうか、口ほどにもない造りだったのかは分からない。
  地下十階はヴァーチャル・タウンだった。
  造りは地下一、二階の商店街と同じで、商品の陳列も、流れる小川も、噴水も、何もかもがそのままなのだが、ここには売り子やお客の姿は一人もない。そもそも地下五階より下は一般客は立入禁止なのだ。
  では地下七、八、九階と同じ、非常事態のためのスペアかと言うと、それだけでもない。
  それだったら商品は、みんなが避難してきてから並べればいい。
  ここは実は、地下一階と二階の「影」なのだ。
  普通、地下商店街の改装や模様替え、棚卸などは、営業が終了した深夜や、定休日、何日かの臨時休業を設けて行うのだが、ここの地下街は二四時間年中無休の街なのだ。
  ペンキを塗り直したり、壁を剥がして配線をいじったり、床のタイルを張り直したりする暇はない。
  そこでバン・ツー社が中心となって、「未来永遠に眠らない街」を作り上げた。
  地下一、二階と、十、十一階は1日置きに巨大なベルトコンベアー・システムで昇降し、入れ替えることができる。「洗い替え」の街なのだ。
  あの日、たまたまこっちの街のほうが下になっていたので、救助は遅れ、被害は甚大なものになった。もし逆だったら潜ってすぐ見た地下一、二階がここにあっただろう。
「WELCOME」と花文字で記されたクリスタル・ガラスの扉を潜ってぼくはびっくりした。
  今までさんざ見飽きてきた土砂がどこにもない。砂粒一つ落ちていない。
(これはアーミーやレスキューが片付けたんじゃない…)
  それは確かだった。
  無傷のままの照明が煌煌と輝き、陳列ケースの中の昼光色のスポットライトが美しく明滅して、着飾ったマネキンたちを照らし出していた。
  あの日あの時ここには、何人かのメンテナンス要員や商品搬送業者が出入りしていたはずだ。
  彼らもレスキューに救助されたのか、助けられたと見えて、別のものにされてしまったのかは分からない。
  クリーン・ロボが掃除を欠かさないのか、人造大理石の床はピカピカに磨き上げられ、どのガラス・ケースも指紋一つついてはいない。ワックスとガラス磨きの中性洗剤の匂いが漂ってきて、瀟洒で清潔そのものだった。
  と、いきなりスピーカーから音楽が流れ始めた。小鳥の囀りや、水の流れる音だ。
「皆様、本日は当地下商店街にお運び下さり誠に有難うございます…」
  これもまた街ごと乗っ取った何者かの悪ふざけだろうか、なかなか手が込んでいる…
  と、ヤング向けのカジュアル・ファッションの店のショー・ウィンドウに、ぼくと同じ年頃、体格の少年のマネキンが、イカしたアーミー・グリーンのブルゾンを着ているのを見つけた。
  早速血と泥で汚れた服やズボンを脱いで、そいつの着ている服を着てやった。
  鏡を見た。自分で言うのも何だが、なかなか似合っている。
  脱いだものをそのままにしておくのも気が引けたから、プラスティック製の疑似木製のベンチの脇にあったトラッシュ・ボックスに丸めて放り込んだ。
  中で何かが蠢く感じがした。鼠などではない、もっと殺気を放つ存在が。
  マネキンたちの顔が一斉にこちらを見た。
  眼鏡店の眼鏡が一斉にキラリと光る…
(いよいよ敵の本丸が近づいてきたという訳だ)
  ぼくは肩をすくめた。いま分捕ったこの服やズボンも敵の一部で、拘束服になるのだったらイチコロだったろうが、幸い大丈夫のようだった。
  一刻も早くソニアを捜して、敵の正体を暴き、やっつけなくてはならない。
  地下十一階に降りた。
  ハンバーガーの店からは肉の焼ける匂いが、フライド・チキンの店からはチキンを揚げる匂いが、イタリア料理の店からはスパゲッ
ティ・ミートソースの匂いが、喫茶店からはコーヒーを炒る匂いがした。喫煙コーナーからは煙草の煙が漂ってくる…
  試しにハンバーガーの店に入って厨房を覗いてみると、まるで団体の予約でも入っているかのように鉄板一杯を使って肉のパテが焼かれていた。
  保温棚にはすでに出来上がって油紙に包まれたハンバーカーやフライドポテトが積まれていた。
  中の一つを取って貪り、セルフ・サーヴィスでコーラを注いで飲んだ。普段と全く同じ味がした。これでまともな人々が戻ってくれば、完全に元の日常に戻ろうかと思えるほど、いつもと同じだった。
  と、花柄のタイルを敷き詰めた通路の角に赤いドレスがチラリと見えた。ソニアだ。
  ハンバーカーを放り出して後を追った。
  下り階段へ続く道で、ようやく後ろ姿をとらえた。間違いない…
  彼女はレスキューもアーミーも捜査と探索を諦めた地下十二階へと降りていった。
  地図によると、地下十二階から一四階までは十、十一階を一、二階と入れ替えるための巨大な動力室で、ほとんどが吹き抜けの空間になっているはずだった。
  これまでの成り行きから、もうビッシリと土砂に埋もれているはずだろうから、正直言って行き止まりを覚悟していたが、予想は見事に裏切られた。
  大きな鉄の扉は開かれたままだった。
  エンジンが動くゴウゴウという音が、地の底の煉獄から吹き上がってくる生暖かい生臭い風の音に混じってビュー・ゴウ、ビュー・ゴウというこの世のものならぬ音を立てている。
  ここから先は滑り止めの凸凹のある裸の鉄板を組み合わせただけの、安物のビルの非常階段のような素っ気ない階段があるだけだ。
  一歩踏み出す。
  カツンと靴音が無明の闇に響く。
  両脇の手摺りの下はスカスカで、何の安全対策も施されていない。
  ぼくは恐る恐る遥か下を覗き込んでみた。
  螢石に似た黄色いぼんやりした光に照らされて、大小無数の歯車がぎしぎしと互いにせめぎ合い、きしみあっている。
  先のほうでタンタンと音がした。赤い小さな点がジグザグや螺旋になった裸の階段を降りていく。
「待って!」
  叫ぼうとしたが声にならなかった。
  最深部地下十五階は、この階と階とを繰り替える機械の制御室と、バン・ツー社の『レジェンド・メーカーズ』の研究室があり、全ての謎はそこに隠されているはずだった。
  普段、『レジェンド・メーカーズ』のメンバーは、地上の特別なエレヴェーターから直行で行き来していたから、そう不便はないハズだったが、それにしても、こんな地下も地下のどん詰まりに拠点を構えるというのは、どう考えても何かありそうだった。
  そのエレヴェーターのシースルーの筒が地底の壁際を走っているのが見えた。
  動力も電源も切れている様子だが、発光体の誘導灯はいまも輝いている。
  こういう空間をシースルーのエレヴェー
ターで降りていく、というのは、それこそ地獄の底に落ちていく心地がしたことだろう。
  B13、B14…
  階と階との間も、普通の居住空間の地下とは違ってかなり間が離れていた。
  ところどころにある踊り場からは四方八方に剥き出しの鉄板をつなぎ合わせただけの
キャット・ウオークが伸びており、さらに先には丸や楕円の歯車や、白い蒸気を上げているピストンやコンプレッサー、シーケンサーや制御機械がずらりと並んでいる。
  とうとう、「B15」と書かれたプラスティックのプレートのかかった扉の前までたどり着いた。
  これまで敵やモンスターらしい奴はいるにはいたが、うじゃうじゃといた訳ではない。
  いや、むしろ少ないぐらいだった。
  このままあっさりとゲームをコンプリートできるとは思えない。
  ここからが何かあるのだ。
  ぼくはドアを蹴った。
  鉄製のドアはガーンと音を立てて、壁に
ぶっつかった。
『レジェンド・メーカーズ』=創造力に満ち溢れた地上げ屋の本拠地は、見た目には普通のオフィスとまるで変わらなかった。
  パソコンを乗せたデスクが並んだ部屋がいくつもあり、会議室があり、洗面所と給湯室があり、ロビーや喫煙コーナーがあり、観葉植物の葉が通風口からの風に揺らいでいた。
  広告代理店らしくデスクの上には、写真や各種のタイトル・ロゴが散乱し、ところどころには、キャラクターのぬいぐるみも置かれていた。
  彼らが複雑怪奇な現代社会に、さらなる新しい伝説を造りだし、世に広める…
「『ゴースト・マーケット』には何かが出るらしい」と言った類の…
  だが、思惑はまんまと外れ、いまや自らが伝説と化そうとしている…
  デスクの上のパソコンのモニターは、ただいまの懸案事項を写し出していた。普通三分間ぐらいでスクリーン・セーバーに切り替わるきずなのに、そうなってもいない。
  紙コップ入りのインスタント・コーヒーは湯気を立て、電話は掛けたりかかったりしていることを示す沢山のランプが点滅していた。「いい加減にしろ!」
  ぼくは部屋をぐるりと見渡しながら叫んだ。「うまくごまかしたつもりだろうが、人間や獣族や妖精族の一部は性格がしつこいんだ。
  これで『おかしい、どうも何もないみたいだ』なんて思って首をかしげて帰るヤツがいたらお目にかかりたいね!」
  何も起こらない。
  部屋という部屋を調べても、全部同じ調子だった。つまり、マリー・セレステ号みたいに、すぐ前まで人がいた気配はするのに、誰一人いない…  さらに不思議なことに、ぐるりと回って帰ってきても、最初の部屋のコーヒーは熱いままで、少しも冷めていないの
だった。
  誰だか知らないが、人間のやっている茶番ではなさそうだ。
「ふざけやがって!」
  ぼくはデスクの上の物を放り投げ、さらにはデスクごと横倒しにし、壁に向かって花瓶や電話機を投げつけた。陶器の花瓶は壁に
当り、ガチャーンと音を立てて粉々に砕けた。
  最初は目の錯覚かと思った。
  傷付いた壁からパラパラと落ちたのはよくある漆喰やモルタルの破片ではなく、ミンチ肉に似た赤黒い細胞だった。それらはバラバラになると統率を失って、一つ一つが小さな虫のようにもぞもぞと蠢いていたが、次々に素早くジャンプして元の場所にくっつき、カメレオンよろしく壁の色にもどった。
  粉々になった花瓶も、電話機も、横倒しにしたデスクも、辨毛を出し合ってつながり、元通りになった。
  背筋に寒けが走った。
(この部屋、この階−−いや、この建物、この街全体が、何か得体の知れない生物で出来ている!  −−生物に入れ替わられ、乗っ取られている!)
  倒すべき魔王がこれ全体だったとすると、とてもじゃないがもっともっとヒントを集めないと、どうすることもできない…
  例えばこれらは相手の身体に相当する部分で、頭に当る部分がどこか別にあり、それをやっつければ全ての呪縛が解ける、とか言ったヒントを…
「そんなに知りたいのだったら、せっかくだから教えてあげましょう」
  ドアの影からソニアが現れた。どうせ彼女も人間じゃああるまい。
「察しのいい人ね。その通りよ」
  おそらく惨事から助け出されて社会復帰していった人々も、彼らを助け出したレス
キューやアーミーたちも、同じ目にあったのだろう。
「おやおや、よくご存じね。そこまで行ったのなら、ゲームをクリアするフラグまであと一歩だったのに…」
  ぼくは両手の爪を目一杯剥き出しにし、近くの壁をガリガリと掻き始めた。
  赤褐色や紫の体液が飛び散り、肉がこそげ落ちた。大昔、ろくな武器も持たずにマンモスに立ち向かった人間は、たぶんこんな姿だったことだろう。
「無駄よ!  何が無駄な努力かと言って、これほどの無駄はないわ」
  ほんの少し手を休めると、その隙に剥がした肉片は飛び跳ねて元の場所に戻り、壁に擬態した。
  再び剥がそうとしても落ちるのはクリーム色のペンキや漆喰だけで、前よりは格段に堅くなってしまっていた。どうやら大慌てでより完璧な擬態を身につけたようだ。
「ソニア、おまえがこいつの本体で、おまえを倒したら全てが元に戻るというのだったら、こんな嬉しいことはないんだが、そうじゃあないんだろう?」
「当り前でしょ、そんなチャチなエンディングに高額の賞金を賭けていたら、ブルーハーツ社はアッという間に倒産よ」
「くそっ!  ここまできたのに、化け物の一部に取り込まれるしかないって訳か?  それならせめて、とにかく一番下の下、行けるところまで行ってやる!」
  ホールド・アップしたぼくの手も爪も、もうボロボロだった。
「いいわ、こちらへいらっしゃい」
  ソニアはさらに下に降りる階段へと導いた。
  地下一六階の建設工事現場だったところだろうか、暗い奈落の底の底、光苔や燐鉱石の灯りに照らされて、ポッカリと大きな楕円の卵形の空間があった。
「もともとここには奇妙な生命反応があった。そこでバン・ツー社はここに本社ビルを立てることにした。地下一五階、前代未聞の地下階交換システムといえば、年中工事をして土を掘り出していても、誰も疑いはしない…」「だが、おそらく、調査と称して掘り出す前に、静かな永劫の眠りに就いていたそいつは目を覚ました」  ぼくは後を続けた。「そいつは何にでも仮の命を与えることができ、自らは都市に変身できるぐらいの、とんでもない魔王だった」
「魔王なんかじゃない、ヴォゾーアグは神よ。果てしない宇宙のどこかから、できたばかりの溶岩の海の地球にやってきた旧き支配者にして、クトゥルーやナイアーラトテップと同じ外なる神…
  アトランティスやエジプトやマヤの神官たちにピラミッドの造り方を教えたのも彼なら、バビロンの人々に塔の建て方を伝授したのも彼、ほんのお遊びにストーン・ヘンジやドルメンを築かせたのも彼、
  彼は戯れに、地球の誕生以前に自分がかつて訪れた星星の民の建設物に化けてみせた。
  強烈に光や熱や冷気や電磁波を放ち、通り一遍の敵ならばたちどころに殲滅させて見せる、地球などより環境が遥かに過酷な星星の都市型要塞にね。
  で、飽きたり、何らかの事情で移動したくなると、抜け殻だけを残して何処へともなく去っていった…
  後には考古学者たちが文化遺産だの何だのと言って有難がる巨大な石造建設物の残骸だけが残った…」
  ソニアは溜め息をついた。
「どこの誰がどんな姿でどこに棲み着こうと原則勝手だろうが、コンピュータを乗っ取り、元からいる住民を脅かすのは許せない!」
「あら、そうかしら?  人間だって、開発と称して森や林を切り、山を崩し海を埋め立て川の流れを変え、そこに住んでいた生物たちをめちゃめちゃにしているわ。
  いえ、ヴォゾーアグにとっては、人間なんて、虫や鳥や獣以下の、アメーバかウィルス以下の存在なのよ」
  ぼくは深呼吸をしてさっきくじいたほうの足をブラブラと振った。
「ちょっと、何をするつもり?」
「−−人間だって風邪がもとで死ぬことだってあるんだ。ダメでもともと、ヴォゾーアグに挨拶してくるさ」
「バカね!  あなた一人でどうなるものではないわ。…いいえ、全人類が束になってかかっても、中性子爆弾を使ってもダメだわ」
「じゃあどうしろって言うんだ?  そのヴォゾーアグとやらが風に吹かれて銀河の散歩にでかけるまで、千年でも万年でも待てというのか?  生憎ぼくは気が短いんでね」
  言い終わるが早いか、遥か下に仄暗く見えている地の底めがけて飛び降りた。
  獣族は自分の身長の二○倍の距離を飛び降りることができる。別に尻尾がある訳じゃないが、この技を使う時は、かつては長長と生えていた尻尾を思い浮かべて飛ぶ。
  心と肉体の十分な準備さえあれば、足をくじくなんて間抜けな真似はまずしない。
  降り立った場所は、柔らかな黄色い砂が敷き詰められていた。尻餅をつき、見事な着地とは言えなかったが、我ながらまぁまぁの推参ぶりだった。
  パサパサに乾き固まった砂の玉座に、ヴォアゾーアグはいた。
  見上げるばかりの砂色の巨大な蛹から、DNAの模型に似た触手が螺旋状により出されている。
  咄嗟に身構えたものの、すぐに肩をなで下ろした。
  こいつは蝉のそれに似た抜け殻だった。
  都市といい、本体といい、跡形を残してどこかへ行ってしまうのが好きなヤツらしい。(たぶん…)
  ぼくは思った。
(これは一種の擬態なのだ。敵から姿を隠したい時、カメレオンは周囲に色を同化させる。
  ある種のイカの仲間は、色だけではなく、海底の岩や珊瑚そっくりに化けて見せる。
  つまり正真正銘、限りなく本物に近いカムフラージュだ。
  さっきからいくら鼻をクンクンと鳴らしても何の臭いもしない。
  ヴォゾーアグは臭いのしない邪神なのだ。
  何かに化ける−−建築物や環境そのものに化けるためには、自らに固有の臭いなどあってはならない。ヤツが乾燥を好みそうなのもその辺の理由かもしれない…
  ヤツがいたところからま正面の方向に直径二メートルぐらいの砂で固めたトンネルが続いていた。
  どうやらゴースト・マーケットの方向のようだ。バン・ツー社がフィギュアのモンス
ターを使って住民の地上げを計画していた場所だ。
  いまやフィギュアはことごとく本物と化して、おまけにメガロポリスをまるまる乗っ取れるほどの力を持ったご本尊までご出座ときた。
  久しぶりに燃えてきた…



    何処にか甦らん    Cパート

  錆び付いたマンホールの蓋を押し上げると、懐かしいゴースト・マーケットの景色がそこにあった。
  冷たい鉄の波板が途切れたところに苔蒸した煉瓦造りの住宅や商店があり、広場だったところには当局が「街の活性化のため」とは名ばかりの極悪非道な地上げの末に、無理やり建設した遊園地のジェット・コースターや観覧車や、遊具の飛行機をいっぱい釣り下げたツリーや、回転木馬が黒い影の固まりを形造っていた。
  結論から先に言うと、この遊園地はついに開場されることはなかった。政治家と業者の癒着贈賄が発覚したせいもあれば、工事の途中で営業した場合の採算性が疑問となったせいでもある。建設現場で事故が相次いだ、ということも聞いた。追い立てを喰って行き倒れたり自殺したホームレスの怨念が巣喰っている、という噂もある。
  いまは、コースターは錆びて固まった大蛇として永遠に灰色の空を泳ぎ続け、展望台に彫られたニケの像は、欧州辺境の古代ローマの遺跡さながら、滅多に訪れる人もないまま、酸性雨の風雪に晒され、部分部分が変色し、欠け落ちている。
  十字路のところで手押車でスクラップを集めている長い顎鬚の爺さんに会った。この顎鬚の爺さんはぼく−−ゲームの中の盗掘屋のフェンが物心ついて以来、ずっとこの辺りをうろうろしている。手押車の中のスクラップも、初めて見た時からまるで変わっていないようだった。だが爺さんは、そのガラクタをとても大切にしている。ドナルド・トランプが買いに来ても、決して売らないだろう。酒など買う金など絶対にないはずなのに、一○フィート先からでも鼻が曲がりそうになるぐらいの酒と垢と汗の強烈な臭いを立ち上らせていた。
  興が乗ると爺さんは、見物人のいるいないに関わらずパフォーマンスをして見せた。
  あからさまな性行為のそれ、未開地域の原住民の出陣の踊り、あたかも羽根があるかのように羽ばたいたり、両手両足をきっちりと揃えて、本物の蛇さながらに地面をのたくったりした。
  きょうの爺さんの動きは少し変わっていた。両手をせわしなく小さく回転させながら身体じゅうを撫でさすったり、時折り同じ腕を鶏の羽ばたきのように腰を屈め背中から垂直に伸ばしたりした。
  ジェスチャーとすれば全身瘤か毛で被われている剣竜に見える。
  爺さんは自分の目で見たものの形態模写しかしない。TVで見たものはやらない。だがしかし、剣竜が二一世紀の現代にいるはずがない。どこかのゲームのショー・ルームで、本物そっくりの模型でも見たのだろうか?
  もう一度空を見上げる。
  連続五回転のコースターの輪と、その建設のための鋼鉄の足場がただでさえ暗い空にさらに暗鬱な影を投げかけている。と、一連の凍りついた輪はメビウスの輪に見え、遊具のコーヒー・カップはクラインの壷に写った。
  爽やかな田園風景が描かれていたらしい工事用の波板はすでに切り刻まれ、持ち去られて支柱近くの部分しか残されていない。
  決断してゆっくりと中に入った。
  盗掘屋はこんな現代の遺跡などに食指を伸ばしたりはしない。だが、いまはそんなことも言っていられない。この中には何かいる。
  獣族の、他人の目からは見えない触角が何かを感じるんだ。
  茶色く錆びた空き缶や、ペット・ポトルの破片、ビニール・シートの切れはしなど、朽ち果てることが許されぬ莫迦げた文明の遺物が足の踏み場もないほど敷き詰められている。
  さすがのハイエナのようなジャンク屋たちも、この工事用の鉄骨や、竜の骨はバラして持ち帰る気は起こさなかったようだ。
  持って帰ってタダで使う利点より、取り外し運ぶ費用のほうが遥かに高くつく。
  ガソリンを掛けて火を放っても燃えはしない。まことにやっかいな残骸だ。
  先に進むにつれて、自分が盗掘屋であってジャンク屋でなかったことに感謝した。
  当局はボルトもナットもビスもアンカー釘も最新のたちの悪いレーザー溶接ですこぶる頑丈に止めてある。
  これでは不撓不屈を持って鳴るトロール族のバラし屋も歯が立たなかったに違いない。
  彼らが最も得意とするのが木造建築物の破壊で、次いで安物のコンクリートの建物だ。
  大きな鋼鉄のげんのうにかかれば、洗面台とか便器はたちどころに値打を失わずに、どこか別の安住の地を求めて去っていく…
  現にここの公衆トイレは見事にやられていた。剥がされたタイルの間にポッカリと、丸い下水口が口を開いている。
  うっかり覗き込んだぼくの眼に、白い烏賊のような、鱗のないカレイのような、ぬっぺりとした生物が見えた。
  バン・ツー社製のもともとの出来もよかった上に、邪神ヴォゾーアグにさらなるパワーを吹き込まれたヤツなのだろうか、とにかく自分自身の目で初めて見た。
  ヤツは瞬きするうちにぬるりと下水口の奥に逃げ去った。ビルの地下でわざわざ水槽を割ってまで対決したヤツと違い、鋼鉄の体に鋼鉄の牙を生やしたヤツでなくて助かった。
  雑魚を倒したところでこちらは一向にパ
ワー・アップしないのだから、無駄な戦闘は極力避けるに限る…
  目指すはヴォゾーアグ本体のみ、なのだが、弱点などを知らぬまま「ご対面」してかなうものやら、自信は全くない。
  と、切符売り場の影に赤いドレスの小さな女の子の姿が見えた。
(危ない!)
  ぼくは思った。ゴースト・マーケットの子供たちがこの廃墟を遊び場にしているのだろうか。
(普段なら危なさも中くらいだろうが、いまは化け物の巣窟になっているんだ…)
  声を掛けようとした途端、女の子の姿は消えた。
  勘にまかせて、ジェット・コースターの険しい階段を登った。
  カンカン、コンコンという渇いた冷たい音が鉄の骨組みに谺する。段と段との隙間からは、置き去りにされ、朽ち果てたミニュチアの遊園地が見えた。
  コースターの発着場に予定されていたフロアに出た。
  シースルーのエレヴェーターが2基、客が来るのを気長に待ち続けている。形に見覚えがある…  バン・ツー社ビルの地下で見たそれに似ている…
  中に何かいるような気がしたので恐る恐る覗いてみた。案の定いた。ナマコかウミウシに似た派手な虹色のぐにんにゃりとしたヤツが。
  ヤツは床の、部品略奪が目当てでこじ開けられたハッチに飛び込んで消えた。
  どうやらここが連中の巣になっていることは間違いない…  あるいはここを出撃の拠点として、ゴースト・マーケット全域に侵略の触手を伸ばしているのだろうか?
  女の子がいた。コースターのドアを開けて乗り込もうとしている。
「おい、キミ!」
  ぼくも慌てて最後部の車両のリア・ボンネットに飛び乗った。
  と、カチッ、ガシャッとスイッチ・レバーの入った音がした。
  動力が入り、ギシギシとカムが回って、数輛の車両がコースの頂上に向かって引っ張り上げられ始めた。
  ぼくはあわててシートに腰を降ろした。
  気配を感じてふと横に目をやると、女の子がプラットホームに立っていた。
  髪形といい、顔つきといい、ソニアを少女にしたような感じだ。にっこりと無邪気に笑っている…
  コースターは走り出している。が、しかしまだ飛び降りて飛び降りられないほどの速さではない。でも何故かそうする気は起きな
かった。振り返ると小さな点になった女の子が手を振っている…
  未完成のコースのことだ、レールは途中までしかないかも知れないし、根性のあるト
ロール族のジャンク屋に持ち去られているかもしれない。それ以上に錆び朽ちてボロボロになっているかもしれない。機械というものは絶えず使っていないと痛むものだ。
  にもかかわらず、押さえがたい衝動に駆られたぼくは、一つ一つの車両にまたぞろ怪しいヤツがいないかを調べつつ、手摺りを掴みながら先頭の車両まで移動した。
  コースターはコースの頂上にさしかかっていた。下に目をやると、緑がまるでなく、敷地全体がごちゃごちゃととした遊具でビッシリ埋め尽くされた遊園地や至るところ地上げされて歯抜けになったゴースト・マーケットが見え、さらに地平線の果てにはの摩天楼が、天を突く槍の群れの如く聳え立っている。
  コースターは頂上で間合いを計るかのように止まった。先頭車両にいるぼくは、真下、九○度の傾斜で果てしなく続く下りの線路を眺め降ろしていた。
  そう言えばこのコースター、安全ベルトがない。ジャンク屋に持ち去られたのか、取りつけられる前に頓挫したのかは分からないが、とにかくないものはない…
  ガクン、と動力装置が息を吹き返し、コースターは前の空間に押し出された。「動力」とは言っても、後は地球の引力におまかせだ。
  Gがかかる…
  風圧で眼を開けていられないが、頑張ってしっかりと見開く。
  真下の線路が少し痛んでいるようだ。
  下手をすると、そのまま突き抜けて、地面に大激突するかもしれない。
  ぼくは車両から飛び降りようと試みたが、墜落するコースターの慣性に搦めとられて微動だにできなかった。
  だがうごけなくてよかったと思う。もしも飛び降りなどしていたら、墜落してバラバラになるよりも、もっとひどい状態の死体に
なっていたことだろう。
  垂直から水平に切り替わる地点の線路と足場を跳ね飛ばし、壊してから、コースターは最初の回転を開始した。
  大きな鋼の輪の一二時のあたりがかなりの角度で歪んでいる。
(ダメだ!  あそこでひっかかる!)
  脳裏に空中分解して弾け飛ぶ光景がありありと映った。
  だがどういうことだろうか、線路は駑進するコースターが近付いた途端に、通過に支障がないぐらいの歪みに戻った。
  コースターが通過すると、そこも弾け飛んで消滅した。
  身体も目玉もぐるぐるに回った。獣族はこの程度の回転は平気なはずなのに、不覚にも気分が悪くなりかけた。線路のコース全体が超音波か高周波か、得体のしれないものを発している感じだった。
  後ろに気配を感じて身を反らせると、すぐ後ろの車両にガバッとヤツが立っていた。
  顔にはインディオの仮面をかぶり、先端に七色の小さな珠をぶら下げた七色の羽根で体全体を飾り立て、その間から何本ものサヴァイヴァル・ナイフをにょきにょきと生やしたヤツ…
  大抵の化け物には驚かないぼくもさすがに血の気が引いた。
  姿形よりも、その現れ方に恐怖を感じた。
  走り出したコースターには、他のものの気配はまるでなかった。
  こいつは全速力で走る車両にどうやって現れたのか?  どこからか飛び写ったのか?
それともテレポートの技を持っているのか?
  ヤツはパサパサ、カチカチと羽根とナイフを鳴らした。
  勇を奮ってヤツの顔面を狙って拳を叩きつけた。次の瞬間、ヤツの姿はきれいさっぱりと消えていた。
  ようやくのことでセールス・ポイントだったろう宙返りを終わったコースターは、そのまま時速二○○キロ以上のスピードを落とさずに、コースの外れに向かった。
  後ろを振り返ったままのぼくは、焦点の定まらない目でいま通過してきたばかりの五つの輪を見た。
  するとどうだろう、鉄の線路と土台と思っていたものがゆらゆらと揺らめき、二重螺旋に似た生命体に姿を変えた。
  帯状の螺旋の上には、枕石ならぬ宝石に似た七色の石がぶつぶつと埋まっており、漂う帯の中心にはヤツの本体らしき身体があった。
  頭はクラクラし、めくるめく幻影が渦巻いた。
(ヤツだ、ヴォゾーアグだ!  あろうことかジェット・コースターのコースに化けていやがった…  いや、この遊園地全体が、いやいや、すでにゴースト・マーケット全体が、シティを含むこの街全体がヤツの支配下に陥っているのかも…)
  うろたえてばかりもいられない、未完成の池は一体どうなっているのだろうか?
  はるか眼下に、泡を立て波の花を咲かせている人工の池が見えた。
  これからこのコースターがまっ逆さまに飛び込むところだ…
  獣族の勘で、あのヘドロの池の中にはとんでもない連中がうじゃうじゃと感じ取れた。
  これだけ距離があるのに感じるということは、よほどのヤツがいるか、雑魚ならうじゃうじゃいるということだ。
  コースターは三たび垂直に降下を始めた。
  少し前なら飛び降りられただろうか、いまからやればいくら獣族でも骨折程度ではすまないだろう。
  車両は泥と水藻と水苔を蹴立てて着水した。
  そしてそのままヘドロの中へと潜っていった。
(バカな!  こんな遊具などあってたまるか!)
  心の中で思ったがもう手遅れだった。
  もはやすでに、この辺り一帯がヴォゾーアグの支配下、掌中にあるのだ。
  予想通り水の中にはヤツらがいた。うじゃうじゃといた。全身金褐色の鱗に覆われ、手足の指の間には水掻きのあるヤツらが…
  ヤツらはぼくの手足を掴んで水の底に引きずり込もうとした。それがまたいやに深い。バミューダ海溝もかくやというほどの亀裂がポッカリと口を開けている…
  ぼくは手足の爪で反撃した。だが地下一五階でほとんど無意味に暴れた時の欠損が激しく、ヤツらの鱗一枚剥がすこともできない。
  それでも何とか連中を引き離し、数匹の頭を踏み台にしてようやく向こう岸に渡ることができた。
  ヤツらは陸上は不得手らしく、追いかけてはこないし、敢えて追いかけてきたヤツらの足取りも速くはなかった。
  しかし、数は多いしパワーはあるしで、なるべくなら関わり合いたくない相手だ。
  正面にマジック・ミラー・ハウスがあった。
  連中は水棲生物なので、おそらく嗅覚は発達していないだろう。かたやこちらの鼻は無傷ときている。おまけに遊園地の迷路など、盗掘屋にとっては一本道の商店街に等しい…
  ミラー・ハウスに飛び込んだ。
  なぜか電源も照明も入っていて明るい。
  もっともほぼ真っ暗闇でも獣族は平気だ。
  最初、ごく普通の鏡に自分自身のびしょ濡れの姿が写っていた。歯を剥く。少し尖って突き出た犬歯がキラッと光る。
  ハッと気合いを入れると、濡れた服は一瞬にして渇いた。余力は大切にしておかないといざという時に困るが、雫をこぼしまくっては迷宮に逃げる価値がない。
  一○メートルほど進むと、また違った鏡があった。太ったぼくや痩せたぼくがいっぱいいて、いろんなポーズをとっている。
  と、端っこのほうに赤いドレスを着た華奢な影が見えた。
  ソニアだ。ハイスクールの学生ぐらいの背丈になっている…
「ソニア!」
  嗅覚も勘も総動員して後を追った。何度確認しても、ちゃんと人間の女の匂いがしている。なのに最初見た時は大人、次は子供、今度は少女だ。よほど化けるのがうまいか、本物の人間の遺伝子を持つヤツだ。
  角を曲がると、何人ものソニアがずらりと並んで待っていた。緑の草原をバックに、黄色い麦藁帽子に付いた青いリボンをひらひらとはためかせていた。
「ヴォゾーアグをいじめちゃダメよ!
ヴォゾーアグは、悪いことをしようと思ってしている訳ではないの!」
「地下都市を壊滅させ、人々の姿と、心を変なものにして、それはないぜ」
  ぼくは右手の手のひらに力を集中した。
  実は獣族は霊光波を撃つことができる。
もっとも何発も続けて撃つのは無理で、普段は最後の敵とおぼしき相手に向かって使う。
  要するに切り札だ。
「無駄よ。旧き支配者の一が、塵かゴミの如きあなたの攻撃なんか虫に刺されたほども感じないわ。あなただけが必殺だと思っているその技で倒せるのは、せいぜいさっきのダゴン一匹ぐらいよ」
  ソニアは麦藁帽を目深に引き降ろして言った。
「やってみなけりゃ分からないさ。邪悪な神でも急所の一つや二つはあるだろうし、せっかく今のいままでためていたんだ。何ならあんたにぶちかましてもいいんだぜ」
  心の中で安全装置を外す。傷だらけの手のひらに青白く輝く光が現れた。霊光波は鏡に反射する性質がある。いま撃てば何十倍もの効果があって「お徳用」だろう。
「待って!  ヴォゾーアグは昔からいたの。
エジプトの三大ピラミッドを建てたのも、マヤのビラミッドを建てたのも、それよりさらに大昔にムーやアトランティスの都を形造っていたのもヴォゾーアグなのよ。
  ヴォゾーアグには人間の漠然としたイメージを形にする力があるの。だからムー皇帝ラムウやエジプトのファラオたちが−−それ以前の『来訪者』たちがヴォゾーアグを利用して、己のイメージを都市や建物、ピラミッドやスフィンクスなどの巨大なモニュメントを建設させた。
  ひとたび願えば、ヴォゾーアグはランプの巨人よろしく近くの山や岩場、もしくは時空の彼方から材料を取り寄せ、一瞬のうちに建設した…」
  ソニアの後ろの鏡には、二重螺旋の化け物を中心に、空間をねじ曲げて無数の四角い巨岩が現れて、アッという間に四角錐のピラミッドやスフィンクスや、マチュピチュの空中都市やバビロンのジグラトや、太平洋に根差す巨大な大陸の大古代都市が生み出される様子が写し出された。
「−−クレーンもブルドーザーもダイナマイトも、まして無数の無力で愚かな人間たちの力などまるで必要ないわ」
「幻なんか見せられても、絶対に騙されないぞ!  ピラミッドもスフィンクスも、四六○○年前の古代エジプト人が、はるばる葦船の底に縛って運んできた岩を斜面を造って一つ一つ丹念に積み上げて作ったんだ!」
  拳で叩くと鏡の一枚にヒビが走り、幻影は消えた。
「インカの石積みなど、剃刀の刃一枚入り込む隙もないほどピッタリと閉じ合わされているのよ。現代工学の粋を生かした研摩技術でも不可能なぐらいの精密さで削られているのよ!  他にも南極の超古代都市や、海底に没したままの遺跡など、人類がまだその存在も知らない数々の文明の多くは、全てヴォゾーアグがもたらしたものだ、という事実をどうして受け入れてくれないの?」
  鏡には氷の底深くに閉じ込められたまま悠久の時を眠る無数の奇妙な尖った塔や葬祭殿や広場や、海底の藻で覆われた神殿が映し出された。
「エジプトやマヤのピラミッドや、仮にもしあったとして未発見の遺跡も、全部人間が築いたものだ。古代の人々はキミが思っているより頭は悪くなかった。星の計算や三角関数の利用など、もしかすると現代人の建築家よりずっとずっと優秀だった。
  その彼らが、気が遠くなってしまうぐらいのゆっくりとした、しかし着実無比な手段であちこちに巨大な建築物を建てたんだ。変な生き物の協力など、絶対に頼んだりはしていない!」
  外のほうが何だか随分と騒がしい。
  ガーンガーンとコンクリート・パイルを打ち込む音や、ジーッとかいう溶接の音、ガガガガという地面を掘り返す音や電気工具を使う音がいっせいに聞こえてきた。
  この遊園地は建設計画が頓挫して久しい。
  それが突然、工事現場関係者が大挙して押しかけてきた様子で、大いに戸惑った。
「でも貴方はその目でしっかりと見たでしょう?  ヴォゾーアグが造った幻の地下街と復活させた遊園地を?」
  ぼくは五感を研ぎ澄まして幼いソニアの本当の実体を探した。ところが臭いというものがぱたりと消えた。鏡の中のソニアはどれもがTVの映像のように姿だけの存在で、体温も臭いもない。
  だが、たかが映像とは言っても、かたがた油断できない。
  相手は「神」を名乗る時空を越えてやってきた化け物だ。ブラウン管に映る映像から攻撃するぐらい簡単かも知れない…
「見たさ!  異世界からやってきたとんでもないヤツが、やりたい放題しているところをね」
  ぼくは迷路を駆け出しながら言った。
  複雑に組み合わされた鏡の壁を自分でも不思議なくらい素早く抜け出した。やがて、出口が光の点となって見えてきた。
  最初はちゃんと血肉を備えていた少女が、いまでは完全に平面的な存在になっている。(ひょっとすると||)  ぼくは思った。
(…ヴォゾーアグというヤツは平面のものを立体に、引いてはほんの小さな点にしか過ぎない概念や理念を線にし、面にし、やがて世界全体を構築できるヤツかも…
  そしてその逆もできる。すでに形があってれっきとして存在するものも、姿形や考え方まで変更し、存在する世界を折りたたみ圧縮して究極の小さな点にし、ついには完全に消滅、抹殺できるのかも…)
  唯一の幸いは、ヴォゾーアグには人間が人間を基準にして定めた理性とか常識のようなものがまるでなく、全てが出鱈目で気まぐれなところだ。
  これだけのことができるのだから、おそらく願えばほとんどのことが叶うのだろう…
  だが、宇宙の混沌をそのまま具現しているヴォゾーアグにとっては、他の損得や都合はもちろんのこと、自分が何を望み、何をしたいのかという目的も願望もない。つまり、神は神でも自らの確固とした信念なき神なのだ。
  もしもそういったものがあれば、ヤツはまぎれもなく本物の神の座すら充分狙える存在だろう。
  外に飛び出したぼくは思わず「アッ!」と声を上げた。
  回転ジェット・コースターも、コーヒー・カップも、回転木馬も、展望塔も、遊具の飛行機の塔も、最初の一○倍の密度で増殖している。
  コースターは空全体を埋め尽くさんばかりに鉄の線路がゴチャゴチャと広がり、地面は一面ビッシリとコーヒーカップや木馬がひしめき合い、塔の類に至っては、上空から見れば多分、超巨大な水晶の結晶のようににょきにょきと生えまくっていた。
  毛糸玉の固まりのコースの向こうにヴォ
ゾーアグの宝石状の目玉らしきものが不気味に瞳を開いたり閉じたりしていて、まるでイルミネーションのように見える。
  一瞬にしてこれだけのものをデッチ上げる能力があるのなら、瞬く間に砂漠にもできるのだろう。言うまでもなく、こんなヤツとはまともには戦えない。少なくとも本体を見極め、その本体を相手にしなければ…
  呼んだところで「やあやあ、もしもし、こんにちわ」と出てくるヤツではなさそうだ。
  それに、どうもヤツは無生物はうまく模倣する癖に、人間や生物とは精神感応で話すことはできないようだ。だから、ソニアのような代理人を立ててコンタクトしてきている。
  ならば邪神の使徒、信徒になったフリをして、危険を承知で「ぜひ本当のお姿を拝みたく…」と言ってみようか。それもソニアに読心術があれば一巻の終わりだが…
「ヴォゾーアグはゼネコンでもないのに、どうして都市や建物を造りたがるのかな?」
「聞きたい?」
  ソニアの麦藁帽の赤いリボンが、いろんなごちゃごちゃしたものが建て込んだ複雑怪奇な空間を駆け抜けるカーヴした風にランダムに揺れる。
「ああ、聞きたいな」
  ぼくは腕組みをして言った。「−−ヴォゾーアグは文化の未発達だった古代人に頼まれたら、何でもホイホイと建ててやる御人好しの神なのかな?」
「あたしの後をついてきてくれたら教えてあげる!」
  やれやれまただ。ヴォゾーアグの趣味は各種の建築のみならず、人をからかうことなのだろうか?
  ソニアはまたジェット・コースターの発着上に向かった。先頭車両で手を振る彼女は、また一段と幼くなっている。遠目だが一一、二歳というところだろうか。
  なのにドレスも帽子もぶかぶかにはなっていない。あれ全体が何か得体の知れない不気味な生き物になっているようだ。その生き物はさながらテープを巻き戻すように、彼女の成長遺伝子を逆回しにしているのだ。
  僕も仕方なく、二段飛びで長い階段を登った。線路がぐしゃぐしゃにおい茂ったコースターに乗るなんて、願い下げだったが、何度も言っているように、もうリザインはできない…
  最後の車両に飛び乗るのと同時にコース
ターは発車した。
  キリモミし、大きな球の内側を何度も何度も走り、もちろん宙返りし、逆さまになって走った。
  普通の人間ならとうの昔に失神するか、気分が悪くなって吐いていただろう。だが獣族はこれしきのことでは参らない…
「いい加減にアリス気取りは止めてくれ!」
  叫びはビュービューという風鳴りに消された。
  ぼくは無茶苦茶に驀走するコースターの最後部の車両から、ゆっくりと前の車両を目指した。
  半ばあたりまでき時、突然シートの影から化け物がヌッとばかり現れた。
  色とりどりのメッシュのもじゃもじゃの毛の間からにょきにょきと何本ものサヴァイヴァルナイフを生やした例のヤツ…  毛の先には二玉一対のイアリングが付いていて、キラキラと輝いている…
  折しもコースターは反転した。だが引力の法則に逆らって、ぼくも化け物もシートベルトをしていないのに落ちない。足元に黒い空が、顔を反らせるとごちゃごちゃの地面が見える。
  昔のパーティ三人合体野郎は、毛先のイヤリングをちぎっては投げ、ちぎっては投げした。
  外れたそれはコースターの遥か後方で閃光を走らせ、大音響を上げて爆発した。
  いままで走ってきた線路が派手にねじ曲がり、破壊されて落下した。
  次にヤツが前のめりに身構えると、身体
じゅうに生えていたサヴァイヴァルナイフが一斉に矢のように発射された。
  思いきり足を蹴って、頭上の線路に両手を伸ばした。
  黒い空が半分、ごちゃごちゃとした地面が半分見える、全く奇妙キテレツな光景だ。
  自分が果たしてジャンプしたのか、それとも落下しているのかほんにんにも分からない…
  ナイフの束はイヤリングのように直進せず、さながら誘導ミサイルか命あるもののようにほどほどのところでUターンして戻ってきた。
  ぼくはコースターがこんがらがってぐしゃぐしゃに入り組んだ球の中に逃げ込んだ。
  たかがナイフに、このジャングルをかいくぐってくる知恵と器用さがあるとは思えない。
  息を切らせ、全身汗みずくになって、ぼくは逃げた。
  キーンという超音波に似た異様な音を感じて走りながら振り返ると、ナイフどもはヴォゾーアグの築いた狂ったコースを、さながらスパゲッティのように切り裂きバラバラにしながら迫ってきていた。
「なんてこった!」
  さすがに頭から全身から血の気が引いた。
  前からはソフトボール大の色とりどりの毛玉が回りを取り囲むように迫ってくる。一つ一つに口があり、牙が剥き出ている。
  上を仰いでももう掴まれるコースはない。下を見ると目もくらまんばかりだ。だが下には地上との間に幾条かのコースが見えた。線路はそれ自体が生き物と化して、ねじれたり緩んだり、張り詰めたり、たわんだり、結び目になったりしてくねくねと動いている。
  それら複雑に絡み合ったコースの上を、分裂し増殖したらしいコースターが何本も尺取り虫よろしく走り回っている。
  一か八か、飛び降りた。
  上の、さっきまでぼくのいたところでは、ナイフの刃と毛玉の化け物の集団が衝突し、切り裂きあっていた。両端に毛玉が取りついてポキリと折られてしまったナイフもあった。
  激突し、ついにゲーム・オーヴァーになることを覚悟したものの、不思議なことにそれはなかなか起こらなかった。
  まるで酸素ボンベを背負って高度四○○○メートルの高空からスカイ・ダイヴィングをしたみたいに、いつまでもいつまでも、空気と摩擦しながら果てしなく落ち続けた。
(おかしいぞ、いくら何でもジェット・コースターの線路がこんなに高いはずはない)
  さすがにぼくも気が付いた。時間と空間が歪んでいるのだ。−−いや、ヴォゾーアグによって歪まされている、と言ったほうが正しいかもしれない…
  ややあって、ぼくの両足はちょうど、フルスピードで疾走しながら通りがかったコースターの座席の上に着地した。
  まるで一、二メートル上から飛び乗ったみたいに、まるで足に負担はかからなかった。
  おまけに、ついにあのしつこい追っ手もまいたみたいだ。
  ホッとしかけたのも束の間、車両の下にゴーゴー、ガーガーというとんでもない大きな気配を感じて身を乗り出して覗いて見たぼくは、開いた口がふさがらなくなった。
  何と、線路の裏側にも別のコースターが
走っていたのだ。
  ねじれあったコースはメビウスの帯のように裏も表もなくなって、無限軌道を形づくっている。
  と、正面に先ほど裏側に見えた車両が迫ってくるのが見えた。
  ぼくは躊躇なくまた飛び降りた。
  案の定降りたところはまたコースターだった。−−が、目の前に別の車両が迫ってきている事象もまた、全く同じだった。
  コースター同士が正面衝突し、バラバラになって車輪やカートを弾き飛ばしながら空中に投げ出された。
  花柄のシートやセイフティ・ガードが
ストップ・モーションでふわふわと落ちていくのを眺めているぼく自身もまた、それらと一緒にゆっくりゆっくりと落ちていく…

      第四伝説群

  目が覚めた。
  ゲーム・オーヴァーにはなっていない。化け物にも変えられていない。ラッキーと思っていい状況だ。
  ところが五秒後には、すぐにそれを疑わなくてはいけなかった。
  まず空の色が変だ。前にいた街は、多少慢性的に暗くても、まだまともな色をしていた空が、ここの空は赤い色をしている。夕焼けの赤い色なんかじゃない。毒々しい赤褐色だ。
  慌てて身を起こすと、とんでもない光景が広がっている。まるでトルコのカッパトキア地方のように、大小の尖った巨大な円錐の岩山が果てしなく広がっている。岩山にはランダムに無数の穴が開いている。
  岩山と岩山の間には、高架の運河か用水路が縦横無尽に張り巡らされていて、数え切れないほどの鰻の形をした不気味な生物が溯ったり下ったりして行き交っている。
  ぼくらがバン・ツービルの地下二階で出会ったあの鰻の化け物の国だ。
(いくら何でも、たかがゲームにここまでするとはやり過ぎだぜ、ブルーハーツ社さん)
  心の中で呪ってみたところで埒があく訳がない。
  それに、この鰻たちの世界は思ったより文明があるようだった。鰻に相応しく、細長い乗り物のようなものが運河をいっぱい走っている。中国の占いに使う筮竹入れのような共同の乗り物もある。駅らしきところに着くと九○度回転して、小さな丸い出入口からみんな順序よく出入りしている…
  さらによく見ると、建物や乗り物は、ぼくらの世界と同じように、大きなものや小さなもの、宝石のような飾りのついた立派なものから、傷だらけのボロっちいものまで、いろんな種類があることが分かった。
  上空には飛行船に似た乗り物がふわりふわりと浮かんでいる…

  ぼくが落ちたのは、とある建物の上層階の丸窓に取りつけられた細長いヴェランダに当る部分だった。
  建材は貝殻を砕いて砂と合わせ、練り合わせたような感じだ。
  建物には貝殻を削ったり張り合わせたりして造った広告の看板のようなものもくっつけられている。それらの看板には、もちろん字のようなものが書いてある…
  雨戸に相当する可動壁があったのでソッと横に動かしてみた。この雨戸、ずいぶん長く開けられたことがないらしく、マリンスノーに似た厚い埃がたまっている…
  三センチほど開いたからそっと中を覗いた。
  鰻の化け物の子供が、中が光っている開いたあこや貝のようなものを六つの目玉でジッと見つめている。
  手前には小さなイソギンチャクのような生き物が置かれている。イソギンチャクの触手のうち数本が貝殻に接続され、数本が鰻の化け物の子供の尻尾に接続されていた。
  壁には玉虫の翅を張り合わせたポスターがあり、ポーズを決めた鰻がホログラフで浮き上がっている…
  大きな貝殻の内側は、ちょうどラップトップのパソコンの液晶のように、キラキラと輝きぬめって、何かの映像を写し出していた。
  もちろん画面は彼らの複眼に合わせてあるので、獣族のぼくには何が何だか分からない、ぐにゃぐにゃとぼやけたものにしか見えな
かったが、それでもピンとくるものがあった。(こいつは、ぼくのブレーヤーだ!)
  画面は、この世界から見て異世界の、二一世紀の地球の大都市を舞台にした「何処にか甦らん」…
  キャラクターは毛も鱗もないすべすべした膚に、無様にも胴体から手と足なるものが二本づつ突き出ている「人間」という種族や、獣族、妖精族、ドワーフ族、その他もろもろ…
  殺風景な四角い建物がびっしりと立ち並ぶ奇妙な世界を、これら個性的なマイ・キャラを操って、(この鰻世界の現実から)およそ遠く離れた創造力空想力ビンビンの大冒険を繰り広げる…
  ぼくの世界の「ウィンドウズ」は四角いが、この世界のそれは縦長や横長の楕円、ゲーム機械とCDロムの代わりなのだろうか、玉虫色に輝く小さな熱帯魚に似た生物が、イソギンチャクの触手の中で、せわしなく向きを変えている…
  ゲームの展開には恐ろしく不本意な様子で、イソギンチャクから伸びている何本かの触手を握った尾はバタバタとせわしなくでたらめに動き、いまにもイソギンチャクやモニターの貝殻をひっくり帰してしまいそうな勢い
だった。
  と、この世界の太陽の光と、気配を感じたヤツは、こちら−−無理やり雨戸(らしきもの)をこじ開けた丸窓の隙間−−のほうを振り返った。
  いや、「ヤツ」じゃあない。「ヤツ」はぼくの主であり、プレイヤーなのだから、もう一人の「ボク」−−あちらの「ぼく」のほうが正しくて(何しろ先に存在していたのだから)こちらがドッペルゲンガーであると考えたほうが妥当かも…)こちらはただのゲームから抜け出た「獣族のフェン」に過ぎないと言ったほうがいいかも知れないが。
  一瞬、目と目が合った。
  八つの目玉と二つの目玉が睨み合った。
  八つの目玉は激しく、出鱈目な順序で瞬きを繰り返した。
  当然だろう。いまのいままでゲームの画面の中にしかいなかった「空想上」の生物−−それもそこそこ知的なヤツが、画面を抜け出して、窓の外にいるのだから…
  もしも魔物を主人公にしたゲームをやっていた人間が、ふと窓の外を見て、そこに等身大の魔物がいるのを見たらどうする?
  悪質なイタズラか「ドッキリ・カメラ」かそれとも目の錯覚と思ってしまうのがオチだろう…
  ヤツ−−いや「ボク」もそう思ったことだろう。
  しかしそこにいるのはまぎれもなくゲームの中から現れた存在だ。それも簡単に、立ち上がり画面がピカーッと光るなりしてアッサリ安易に現れたヤツじゃあない。恐ろしく手間暇をかけてプレーを積み上げ、あと一歩で最後の敵と対決、ないしはあわよくばコンプリートという瀬戸際で、陥った事態なのだ。「αcβεδ!!!」
  ヤツ−−ボクは慌ててのたうった勢いで、接続されていた何本かの触手をヌチプチと外しつつ何かを言った。当然ながら言葉は分からない。
「落ち着け、おまえから見ればぼくは架空の存在で、ぼくから見ればおまえは架空の存在なのだが、いまそんな議論をしたってしょうがないだろう?
  ヴォゾーアグを倒すか、術を解けば元の正常な状況に戻ると思うので、ここは一つ力を合わせないか?」
  言葉が通じたハズはないが、ヤツ−−ボクはとっさに状況を理解したらしい。ひょっとするとこの生物はある程度精神感応力があるのかもしれない。
  たくさん並んだ目玉がランダムにまたたいた。パターンによって、人間で言うと、うなづいたことになるみたいだ。
「じゃあとりあえず、このロクでもないゲームを配信した「ブルーハーツ社」に行ってみようじゃないか。案内してくれるかい?」
  目玉が前と同じパターンでまたたいた。
  それにしてもこの世界で「ブルーハーツ社」などという現代アメリカふうの社名は違和感を感じる。−−もっとも、ぼくらの世界で「クトゥルー出版」とか「ナイアーラトテップ企画」などという会社を造れば、同じことになるのだろうが…
「先ニ、スマナイガぼくトハ関係ノナイふりヲシテ、少シダケ先ニ行ッテクレ」
  かすかではあるがテレパシーで語り掛けてきた。正直言って助かる。「先に行ってくれ」というのも分からない話じゃない。たとえいくら臭い仲でも、モンスターと手をつないで歩きたがる人間は稀だろう。
  ぼくは身を屈めて、楕円形のドアから廊下へと出た。それにしても、ぼくとボクの身体のサイズに大差はない、というのは助かった。
  どちらかが滅茶苦茶に大きいか小さいかすれば、より面倒な事態になることは間違いない…
  螺旋のスロープになっている廊下も当然のことながら、天井が低い。
  ところどころに扉が開けっ放しになったままの部屋があつたので覗いてみると、彼らの道具らしい、いろいろな軟体動物の抜け殻や土砂や汚泥、貝塚が残されているだけで、ヤツ−−ボクの仲間の姿はどこにも見えなかった。
  そう言えば、この建物自体、内部のそこここが剥がれかけていたり、穴がそのままに
なっていたり、余り立派な感じはしない。
  さっきのヴェランダから見た景色では、もっとピカピカの、高さも高い円錐の塔がいくつも見えたから、それこそヤツ−−ボクが棲んでいるこの建物は、老朽化し、追い立てを喰っているのかも知れなかった。
  目が回ってしまうほどグルグルと降りた末に、ようやく外と連絡している出口にたどりついた。どうやらこの出口がいわゆる「地上の出口」ではなく、いろんな階でいろんな目的を持った専用の出口と連絡している様子だ。
  ちょうど、ぼくらの世界で、いろんな階から渡り廊下が伸びて、事実上隣のビルとドッキングしているような建築様式に似ている。
  この出口が正解かどうか自信はないが、とにかく外へ出てみることにした。
  丸い出口の外からソッと左右覗いて見ると、鰻形の生物が三匹固まってとぐろを巻いている。
  そこから先は当面、建物や筒の形をしたヤツらの乗り物が何台か駐車されているだけだ。
  ぼくはヤツらが話に夢中になって目を反らせるチャンスを気長に待ったが、それぞれ六つある目玉の五つまでよそ見をすることはあっても、最後の一つがしぶとくこちらを監視している。
(ヤツらはこの世界の非行不良グループか、一歩進んで「地上げ屋」かもしれない…)
  そんな気がしてきた
(ままよ!)
  と思って隣の建物まで道路を突っ切ろうとダッシュした。
  途端にヤツらの全ての目が走っているぼくに注がれた。牙が林立している口も心無しかあんぐりと開かれ、涎が垂れている。
  目玉がまた特定のパターンで閉じたり開いたりした。人間で言うと文字通り目をパチクリさせているのに違いない…
  獣族とすれば「ここでキーが刺さったままの車を奪って−−」か「しゃにむに路地にまぎれ込む」ところだけれど、ヤツらの車はどこかキーで、どこがアクセルやらさっぱり不明の上、身長は余っても手足ははみ出る、ときた。おまけに路地は上下へと続く螺旋のチューブときている。
  同じチューブでもまだまっすぐなら飛び降りられたと思うが、これではまたまたシェイクされてミンチになってしまう、と思って止めた。
  不思議なことにヤツらはすぐには追ってはこない。明らかにビビってすくみ上がり、逃げ出そうとすらしている。
(そうか、ぼくはヤツらにとってはクリーチャー、魔物なんだ)
  しみじみとそんな思いが込み上げてくる…
  このあたりはヤツらの世界のゴースト・マーケットなのか、気配のない部屋や漆喰(のようなもの)で封印した部屋ががいくつも続いていたり、よぼよぼでところどころ鱗の剥がれた鰻が通りに向かった壁にもたれてゆっくりと息をしていたりしている。
  よぼよぼ鰻が前を横切ったぼくを見て、わなわなと震え始めた。気の毒なヤツは今日じゅうにでも、このお気に入りの場所から立ち退くかもしれない…
  やはり蛇行している大きな通りから何筋から裏道に入った道(ここもやはり蛇行している)を少し進むと、細長い突き刺された巻き貝が何本も続き、鉤状の棘のある植物の蔓が張り巡らされた囲いに突き当った。
  囲いはこの古ぼけた街全体をぐるりと囲んでいて、おそらくは新たに海(らしきもの)を埋め立てたものと思われる外の新市街には、異世界の者の目にもま新しくピカピカに光って見える塔が林立している。
(ブルーハーツ社はどちら側にあるのだろうか?)
  ぼんやりと考えているうちに、また何匹かのここの種族に出会った。
  みんな一様に目をしばたたかせ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
  バン・ツー・ビルの地下二階の水槽の中にいたヤツは、わざわざ枕を蹴って眠りを覚ましたとはいえ結構凶暴だったから、奇異に感じないこともない。
  こいつらにも種族があるのか、それともこの地区に棲んでいる連中だけが皆、元気がなく、ビビってしまっているのだろうか?
  と建物の向う側からまた鰻野郎が顔を覗かせた。今度のヤツは泡を喰らって逃げたりはしない。それどころか、ヒレや鰓をヒクヒクさせて手招きのようなことをしている。
(どうもヤツのようだ)
  恐る恐る近寄ると、やはりそうだった。
「携帯電話もないのに、よく追いつけたな?」
  ぼくはヤツの八つの目玉を見詰めて訊ねてやった。
「コウ見エテモ、ボクラハ結構嗅覚ガ発達シテイルンダ。ソレニ、人ガ逃ゲテクルシ…」「警官や根性のあるヤツはいないのか?」
「コノ街ハ捨テラレタ街デ、治安保安要員ハイナイ。ソレニコノ街の住民ハ、イツモもんすたーヤくりーちゃー脅カサレテイルカラ」
  やれやれ、どうやらどこの世界にも悪どい地上げ屋や、そいつらのお先棒を担ぐ連中がいるらしい。
「『ブルー・ハーツ社』はどこだ?」
  ぼくは忘れないうちに尋ねた。またいつはぐれないとも限らない…
「ぶるー・はーつ社ハ、新市街ト旧市街ノチョウド境目ニアル」
  そんなことを言われても、境界が延々と続いていたら大変だ、と思ったが、幸い新市街も旧市街も楕円状に広がっていて、接している場所の範囲は狭かった。
  それ以外の空き地は、言わば赤く煮え立つヘドロの海で、(ひょっとしたらあそこに
ヴォゾーアグが潜んでいるのではないか)というような種種の考慮から一応省いてもよさそうだった。
  もっとも相手は自ら街を築いたり、元からいる住民に築かせたりするというとんでもない力のある邪悪な神だから、いたづらに常識を当てはめるのは危険かもしれない…
  ブルーハーツ社が入っている塔もまた、鰻の寝床のようだった。
  ぼくの身体つきではヤツらのエレヴェーターを登るのは難しかったので、螺旋のスロープをずいぶん登った。
  登っているうちに、ぼくは新しい発見をした。案内してくれているこの世界のボクは、他の連中に比べると鱗の色が少しだけ違う。(ヤツが取り壊し寸前の家に閉じこもって欝欝と変なゲームばかりしていたのは、ひょっとしたらこのせいかもしれない)
  と奇妙なことを考えたけれど、こればかりは考え過ぎだったろう。
  ヤツがブルー・ハーツ社の丸い扉の前で目玉を光らせた。
  あれはノックに違いない。
  扉はひとりでに開き、ぼくはボクに続いて中に入った。
  珊瑚の衝立で仕切られた狭い部屋の中では何匹かの鰻の社員が、貝殻を開き、大小の魚をセットしたイソギンチャクを接続して仕事らしきことをしていた。
  全員が手を止め、弁当らしきものを食べていた口をあんぐりと開けたままぼくを見た。
  部屋を見渡すと、ヤツらの素材で作った人間のフィギュアが棚の上に置いてあった。
  大人や子供、男や女、背広を着た者もいればカジュアルな格好をした者もいる。
  間違いない、彼らこそここで、見たこともない遠い異界に思いを馳せ、本やゲームを作って売っていた連中だ。


    何処にか甦らん    Dパート

  ブルーハーツ社の奥行きの深い棚には、まだまだ奇妙なものがいくつも置いてあった。
  上半身は蛸に似たクトゥルーのフィギュア、
  黒っぽい「玉ひも」に似たシュブ・ニグラスのフィギュア、溶けて人の形を失いつつあるナイアーラトテップ、ダゴンや古えの者共のそれ、輝くトラベゾヘドロンが入っているらしい金属の小箱、五芒星形の置き物、薄い虫の翅を閉じ合わせた書物の表紙に書かれている文字は、どう見てもアラビア語に見える。
  社員たちが弁当やモニターの貝殻を投げ出し、騒ぎかけた時に異変が起きた。
  建物全体が、最初小さく揺れたと思うと、やがてゆさゆさと、立っていられないほど、身体が横に長いヤツらはジッとしていられないほど揺れた。
  棚からはフィギュアが、彼らのデスクであろう、日本人が食事に使う膳ににた台の上からは貝殻のモニターや、触手生物の有機コンピュータがガチャガチャ、ポタンと、音を立てて落ちた。
  ゴーッという海瀟が響く。
  どうやらこの世界も先々安定と平和が約束された世界ではないらしい…
(そこで、遠い異界の邪神や、二本足の不気味な生物を主人公にしたゲームを作って「現実逃避」をしている訳か)
  そのゲームの中の倒すべき最後の敵は、
ヴォゾーアグという自ら都市や文明のフィギュアを築くことができ、またその場所の高等生物を(建設せよ!  天地創造せよ!)と言う、催眠術に似た強迫観念を植えつけて、果てしない建設と自然破壊にいそしませる古き神の「観念」のはずだった。
  だがしかし、幸か不幸か、ヴォゾーアグは実在し、勝手無断に自分の名を使われた腹いせか、貧乏神よろしくしっかりと本気で腰を据えてしまった。−−他でもない、自分を悪役にしたゲームの中と、それを作った生物の世界に、だ。
  さらに最悪なことに、ヴォゾーアグは時空はもちろん、「観念世界」の行き来ができた。おまけに行儀の悪いことに、行き来した時に開いた穴を元通りキチッと閉めることをしない…
  ぼくはぼくのプレーヤーだった本来のボクの首根っ子にあたる部分を引きずり上げて言った。
「おい、早く何とかしないと、おまえらの世界が滅んでしまうぞ!  かつて人間界のムーやアトランティスが滅んだみたいに!」
  と言っても、こいつらは、貝殻のゲーム機械のモニターの中でしかヴォゾーアグの姿を見たことがないのだから、まだピンときていないかも知れなかった。
「デモ、げーむノ中ノ邪神ハ、ゲームノ中ノきゃらくたーシカ倒セナイ…」
  ボクの言い分ももっともだったが、何かの拍子にゲームから飛び出したぼくが、もう一度ゲームの中に戻るのは、どうすればいい?「世界ト世界ノ間(はざま)ガ歪ンダノハ、ゆうえんちノしーんデ、ダッタ。ダカラ、コノ世界ノ遊園地ニ行ケバ、何カ掴メルカモ」
  六つの目玉それぞれに眼鏡らしきものを掛けた、ここのボスらしいヤツが言った。
「この世界にも遊園地があるのか?」
「アル。都市再開発デ力ノナイ住民を追イ出シタ跡ニ造ッタやつガ」
  どこの世界にも似た事象というものはあるものだ。
  ぼくはまたボクに案内させて、そこへと向かった…
  この世界の住民は、早足で何処かへと向かう奇怪な生物を、さぞやあちらこちらで目撃したことだろう…

  第五伝説群

  ぼくらの世界のアミューズメント・パークも最近とみにクレイジーになってきているが、
  この世界の同様の施設も、同じ傾向にあるらしかった。
  もっとも姿形や神経組織や脳の成り立ちがぼくらとはまるで違う生物のスリルや快感は何処にあるのか、想像だにできなかったが。
  というのも、定休日か、それとも倒産したものなのか、客の姿がまるでなかったからだ。
  目の前に広がっているのは、珊瑚か藻に似た複雑なジャングル・ジムだった。
  どうやって遊ぶかなどはからっきし分からなかったが、ヴォゾーアグが喜びそうな代物であることだけは確かだ。
  他には、まるで巨大な「モグラ叩き」と
いった感じの、地面に穴ぼこが開けてあるだけの施設や、長い筒を束ねてワイヤーで縛っただけの遊具もあった。
「ちょっとやってみてくれないかな」
  一番複雑なモノを指差しつつ、ぼくはボクに頼んだ。
  ヤツは最初イヤがっていたが、それでも蓑虫に似た材質不明の袋に入ると、ぼくらの世界のタッチセンサー・ボードに相当する氈毛を擬足で操作した。
  すると袋は、ごく細いワイヤーのようなものに引きずられて、右に左に大きく揺れ、小さく何回転かし、ジグザグに振れ、波打ち、やがて大きく回転した。
  それから、どんな仕掛けになっているのか、袋はワイヤーからはずれて、遠い宙空に弾き上げられた。
  ぼくらと同じくヤツらにも体格の大小があるところからすると、かなりの測定測量計算能力だと感心さられる正確さで、袋は塔のてっぺんにある鉤にぶら下がった。
  そこから、さまざまな角度の傾斜を設けたレールに沿って、置き上がりこぼしのように起きたり倒れたりを繰り返しながら、地上に向かって降りてきた。
  途中コースが途切れているところも、袋は慣性の法則に乗っ取ってうまくジャンプし、向こう岸へと渡り、複雑なジャングル・ジムの形状のところも、一筆描きよろしく全てのコースを通り漏らすことなく通過して、ゴールにたどり着いた。
  もたもたした擬似足つきで袋から出てきたヤツは、本当にヨタヨタとしていた。
「見タ、見タカ、ふぇん?  ヤツガイタダロウ?」
  ボクが擬似足で差す方向には、確かにヤツ−−ヴォゾーアグがいた。ヴォゾーアグは皮剥き名人によって皮を剥かれた林檎に似た、螺旋の帯状の身体を、遊具の間でゆらゆらと揺らめかせている。
「間違いない!  ヤツだ!  早く封印しなくては…」
  しかし、どうすればヤツの力を無効にできるのか、善き神ならぬ身には到底判らない…
  いや、そもそもそんな方法などないのかも知れない…  旧き外なる神の中にはクトゥルーやハスターのように、海の底、宇宙の果てなどに幽閉されたものも多いが、旧き善き神の追求をいち早く逃れて、心の赴くままに活動を続けているものも多いのではないか?
  幻の如く現れては消えるヴォゾーアグの姿を見ていると、つくづくそんな無力感にとらわれる…
  もしもそういうことなら、ヴォゾーアグがぼくらとぼくらの世界をからかうことに飽きて、どこかべつの場所、別の世界、別の次元にお引き取りいただくのを気長に待つしかないのだろうか…
  またしても、あれよあれよという間にヴォゾーアグの姿は消えた。ぼくらの世界の遊園地に現れた時と同じように、霧状の質感のある大気が立ち込めているものの、建物も、肌に感じる風もカサカサに乾燥している。
「そうだ!  ブルーハーツ社の連中ならば、この物語のエンディング−−即ち解答を知っているいるんじゃないか?」  ぼくは跳び上がって言った。「−−なぜいままで気が付かなかったんだろう?」
  ブルーハーツ社の一匹が、鰓の間から白い息を切らせながら追いついてきた。思ったよりも無責任なヤツらでもないようだ。
「ソリャア無理ダ。コチラで造ッタぷろぐらむハ、きみラの世界デ解決スルヨウニデキテイル」
  社員鰻は六つの目玉をキョロキョロさせて答えた。
「ちなみに、その場合のヴォゾーアグの弱点は?」
「南極ヤ、あらびあ砂漠ト呼バレル場所ニ、建設途中ノ、超古代都市ガアッテ、ぷれいやーハヴォゾーアグヲ誘イ込ミ、自分モロトモ封印スル||あっ、答ヲ言ッタノデ賞金ハモウ払ワナイヨ」
  つくづく呑気な連中だ。(こいつらにとっては)ゲームの中から現れた旧き強大な邪悪な神が、ゲームの中だけならともかくも、リアルな自分たちの世界まで脅している、というのに…
「この世界には、そういう未発見の古代の遺跡がありそうな場所はないのか?」
「海ノ向コウニ幾ツカアッタト聞イテイルガ、モハヤ行ク方法ハ失ワレテ久シイ」
  ボクが言った。
  そりゃあそうだろう。大都市はゴースト・タウンと化そうとしている。海はこれ以上はないというぐらいにひどく腐り果てている。
  若者の多くはヴァーチャな世界にどっぷりと浸り、架空の生命や架空の神まで呼び出してしまう始末だ…
「でも朽ち果て掛けているとは言え、結構複雑な仕掛けの遊園地や、ゲームはあるというのにな…」
  ぼくはふとつぶやいた。
「面白ケレバイイ、ソレガ全テダッタ。実際ニ、イロンナ手間ヲカケテ外ヘ行クヨリモ、ズット精巧ナばーちゃ・とらべるの方法ガ考エ出サレタ時、本物ノ旅行ハ廃レタ」
  現れ出たヴァーチャな神のただ一つの趣味は、各世界を遍歴して「自分は確かにここを訪れた」ということを記念してか、無意識の潜在意識の具現なのか、それとも純粋に遊びなのか、上は巨大都市から下は石碑やオベリスクまで、モニュメントを建てることときた。
  ここの連中は隠れたヴォゾーアグの使徒なのか、この世界全体がヴォゾーアグの手のひらの上なのか、鶏が先か卵が先か、とにかくヤツを倒すか封印しなければ、ゲームは永遠に終わらないようだ。
  ぼくはさっきもう一人のボクが乗った遊具の中に入った。手足が邪魔になったが無理に押し込んだ。
  あいつらがあいつら独自のスリルを楽しむ遊具に人間が乗ったらどうなるか、考えるとゾッとしなかったが、もはやヴォゾーアグを追撃するにはこれしか考えられなかった。
  ヤツ−−ボクが触腕でスイッチを入れると、蓑虫の鞘に似たカプセルがゆっくりと、次第にスピードを増しながらランダムに回転移動を始めた。
  右に少し回ったかと思うと、左に激しく回転、それに各方向への落下のGが加わる…
  また上昇したような感触を感じた直後、急激な律動をを伴う水平移動…
  最初は拷問だと恐れていたことが、やがて快感に変わって行く…
  鞘にはヤツらの目の位置に小窓があって外の風景も見ることができるようになっていた。
  身体をくねらせ、かなり無理な体勢でそこに片目を当てがうと、奇妙な光景が見えた。
  全方向でたらめに激しく揺すられ、シェイクされた目に映ったのは、彼らの世界||
腐った海無数の円錐形の塔、不可思議な遊具−−ではなくて、時空に漂う、端と端が繋がっていて、無限に広がったり縮んだりできる螺旋状の生命体だった…

      最後の伝説

  眩く毒毒しい人工の光がビカビカと瞬いていた…
  ブラウン管−−発光体−−走査線といった言葉が頭に浮かぶ。
  いきなり開くと目を痛めそうで、まずゆっくりと頭を上げ、両手で目を覆ってからゆっくりと開く。
  指の間から見えるのは、幾万の色素子を思わせるネオンとヴィデオ映像の海…
  音−−無数の音。電子音楽、人の話し声、機械合成音声、車のエンジン音や拳銃の発射音、宇宙戦艦がミサイルやレーザーを発射する音のような、本来は絶対に聞こえないはずの音、殴る音、蹴る音、空手武道家が気合いを入れる時の怪鳥音、各種のファンファーレ、足音、ざわつき、歓声とどよめき、紙幣を飲み込み硬貨を吐き出す自動両替機の音、自然の音以外のありとあらゆる音が聞こえる…
  臭い−−汗の、香水の、タバコの、各種
フェロモン、アドレナリン、ドラッグ、キャンディやチューインガムの香料、エアコンのフロン、黴や埃、靴や皮ジャンの、ハンバーガーかフライド・ポテト、フライド・チキン、コーヒーやコーラや食用色素で染めた清涼飲料水の臭いがする…
  目を開く。
  無数のブラウン管が映像を映している。
  一つとして同じ映像はない。
  映像と映像を区切る細胞膜の間に、大勢の人間がいる。
  大人、子供、青年。男、女。映像を喰い入るように見詰めている者、ただうろうろとさまよっているだけの者。話している者、黙っている者。熱中している者、散漫な者。群れている者、一人でいる者。この世界の者、そうでない者−−異邦人。
  元の世界−−ゴースト・マーケットやバン・ツー社ビルのある世界に帰ってきたのか、それともまた別の世界にいるのか、よく分からない…  強いて言えば、そうでありそうでない黄昏の世界に迷い込んだ気がする。
  最後に、自分が覗き込んでいたらしいモニターを恐る恐る見た。
  やはり、だった。そこには奇妙な遊具を備えた遊園地があり、腐った海と尖った塔が広がり、鱗のある鰻に似た生物が棲む世界が映し出されていた。
「どう、次は何をする?  どこへ行きたい?」
  聞き慣れた声がした。振り返ると、赤いスモックを着、赤いベレー帽をかぶった幼稚園児のソニアが、ちょこんとスツールに腰かけていた。
「ヴォゾーアグ!」
「その名前、あたしが教えて上げたのよね。その名前、もし嘘だったら、本当はもっと別の名前だったら、どうする?」
「名前などどうでもいい!  ヤツを倒すか、封印、追放しない限り、ゲームは永遠に終わらないんだ」
  ぼくは近くにあって、ピンクや黄色やまっ青な色にフラッシュしているゲーム機のジョイ・スティックをヘッドを握りしめたまま立ち上がった。
「あら、永遠に終わらないゲームこそ、あなたのお望みのものではなかったの?」
  ソニアはいきつかの奇妙な縫いぐるみを抱いていた。蛸の頭に鱗木の胴体を持つもの、膜を張った翼と、尖った頭を持つ蝙蝠、七色の毛玉、黒一色の毛玉からたくさんの小さな子羊がはみ出したもの、ターバンを巻いた黒い人の形…  いづれもぬくぬくとはしているが、子供の玩具にはそぐわない奇怪な形状をしている。
  おそらくこれらが、クトゥルーやハスターや、ウボ・サトゥラやシュブ・ニグラスや、ナイアー・ラトテップと呼ばれる古き外なる神神のヴォゾーアグから見た姿なのだろう。「どんなに楽しいゲームもいつかは終わる。物語もまた同じだ。ヴォゾーアグもまた、他の神たちと同じように、海底深く、あるいは宇宙の果てに、またあるいは時空のはざまで永劫の眠りについてもらわねばならない」
  目の下のモニターには、氷に閉ざされた世界や、溶岩の海ばかりの灼熱の世界、砂漠や密林が写し出されている。
「だから、ヴォゾーアグが眠っちゃったら、この世界も、さっきの鱗のあるウナギ形生物の世界も、その他、たくさん、いっぱい、世界が終わっちゃうのよ。なぜなら、いくつかの世界はヴォゾーアグの見ている白昼夢なんだもの」
  ソニアは唇を「へ」の字にして言った。
「−−Aの見ているBという夢、Bという夢の中でしか存在していない者がCを夢見る。
  そんなふうにして、Zが見ているのがAという夢だったら、フェンあなたはどうする?」
  その鎖、どこかで断ち斬っちゃったりしたら、みんなが困るでしょ?」
「だが、だがぼくはゲームの中でヴォゾーアグを倒すという使命を与えられた。命あるかぎり、続けねばならない!  ヤツの夢は肥大し、自分でも制御できないほどになってきているんだ。ぼくはヤツの癌細胞、ブルー・ハーツ社のゲーム「何処にか甦らん」は発癌物質だ。
  癌細胞はドッと生まれたが、ヴォゾーアグの正常活動によってたいがい返り討ちにあってしまった。しかしぼくは諦めない。また仲間を増やして必ずヤツを…
  思うにソニア、キミはヤツの白血球にあたる存在なのだろう。ぼくらを監視し見張っていた。そんなキミがヴォゾーアグの本体の場所と位置を教えるハズはないだろう。だけど、明晰な夢が続く限り、真の安らぎと平安もないことも、覚えておくことだな」
  ぼくはそう言うと、彼女のそばをすり抜けて、ゲーム・センターの外へ出ようと、狭い階段を登った。
  客はビッシリと満員だった。誰もが筺体にしがみつき、モニターの3D映像を血走った目でジッと見つめている。
  人の数だけゲーム機がある様子で、ブラついている者はみあたらない…  おそらくこの店、入ってきた客の数だけ、ゲーム機もまた増殖するのだろう。
  フルボリュームの電子音に歓声や罵声が混じる中、ぼくはいくつもの階段を上がったり降りたり、狭い通路を通ったり、エレヴェーターに乗ってみたりした。
  結果は同じだった。出口はどこにもない。出口の表示もない…
  ここは小さな「出口が絶対にない」「場」なのだ。おそらく、ヴォゾーアグ全体でも、本来の状態ならば「出口は絶対にない」のだろう…
「無駄よ、あなたはここでずっと、みんなと一緒に楽しくやっていればいいのよ。それが幸せというものよ」
  ソニアは笑いながら人込みに消えた。
  ぼくはいつしか占い機のコーナーに立っていた。頭巾をかぶりアンクを持った古代エジプトのファラオが占ってくれるもの、小さなプラネタリウムのように、赤や青や白や黄色の星星がまたたく占星術、CGで表される
カードやタロット、中国の筮竹占い、コー
ヒー・カップの底にたまった滓、ひびの入った骨、全身に刺青をしたヴードゥーの呪術師の人形が踊るもの…
  どの占いもぼくが前に立つと「出口ナシ」「出口はありません」「NO  EXIT」と表示された。
  焦りの余り、気が狂いそうになった。
  ふとゲームをやっている客に目をやると、腰にサヴァイヴァル・ナイフをぶち込んだ
カーンや、髪の毛を派手な色に染めたキッ
シュや両耳に鈴なりのピアスをぶら下げたミラーがいた。
  みんなうつろな目で、延々と続くドライヴゲームや、シューティング・ゲーム、格闘ゲームをやっている…
  彼らが新しいヒントを持っているとは思えない。第一、ヒントや解決やゲーム自体が存在しているという確証すらなくなっている。(出口はどこだ?)
  ヴェテランの盗掘屋として、これまでどんな罠や迷路に迷い込んでも決して焦ったことがなかったぼくが、初めて焦った。
  こんなシリコンのチップや、ブラウン管やまるで時間の経過を感じていない人間たちと耳をつんざく電子音の巣窟に閉じ込められることは、化け物がうじゃうじゃといる地底深い洞窟から出られないことよりもずっと辛
かった。
  鍾乳洞の傍らで繿褸を纏い、片手に羊皮紙の地図を握り締めた白骨となるのはロマンチックだが、ゲームの世界を果てしなく転々とするのは耐えられない。−−いかにぼくがゲームの中から抜け出た存在でも、だ。
(落ち着け、落ち着くんだ、フェン!)
  自分で自分に言い聞かせて、改めて店じゅうのゲーム機を一つ一つ覗き込んで調べてみた。
  ぼくがかつて体験したことのある世界。
「バン・ツー社ビルやゴースト・マーケットのある世界」「鱗のある鰻たちの世界」その他、それが架空の、モニターの中のものでも、一度でも見たことのある世界を取り入れた
ゲーム・マシンはないか、入念に調べてみた。
  たくさんある。当然だ。
  高層ビル、重層地下街、凝った遊園地や、グロテスクで奇妙な異世界を背景やテーマに取り入れたアクション・ゲームや格闘ゲームは結構種類がある。
(もしも、ヤツ−−ヴォゾーアグがいるとすれば、たぶん、ゲームの中だ。
  そこでヤツは、最後の最後の、異様にヒット・ポイントの高いボス・キャラとして君臨しているに違いない。
  誰もたどり着くことができない神聖なる領域。自分で自分を「不死身」に設定しておけば、死にも滅亡にも見舞われることがない。
  かつてこれほど安全で、一方的な隠れ場所があっただろうか?
  生身の人間なら、−−いや、どんなにスーパー、ないしハイパー、ないしサイバーな生物でも、「生物」または「機械」または「半分生物半分機械」の存在では絶対に倒すことはできないだろう。
  しかし、ぼく=フェンは、もともとゲームの中のキャラクターだ。
  可能性はある…)
  ぼくはヴォゾーアグが最終的に隠れるとすれば、どんなゲームの中だろうか、考えてみた。
  強敵のモンスターがわらわらと現れるアクションやシューティグだろうか?
  否。
  ヴォゾーアグを最後の敵とするネット・RPG「何処にか甦らん」は雑魚を倒しても点数が入ったり、ヒントが入るゲームではな
かった。
  ヴォゾーアグは他の邪神−−クトゥルーやナイアーラトテップのように眷属や下僕や狂信者に取り囲まれて喜ぶ神ではなかった。
  ヤツの趣味は「世界を作る」ことだった。
  だから、相手を倒したり、点数を競ったり、謎を解くゲームではないだろう。
  何かを作るシュミレーションだ。それも歴史や戦争のそれではない。都市や文明や、星を作り、農場や遊園地やコロニーを経営するシュミレーションだ。
  しかし、ゲーム・センターのゲーム機械の中に、そんなやたらと時間がかかりそうで、客の回転も悪そうなゲームがあるのだろうか?
  案の定、ここ=ヴォゾーアグが作った「まともな」ゲーム・センターには、カップルの相性を占うマシン以上りシュミレーション・ゲームは一台もなかった。
(ということは…)
  ぼくはもう一度考えた。
「ゲームの中のゲーム」「劇中劇のような「ゲーム中のゲーム」はないだろうか?
  ただ一つだけ、あった。
  それはやはりフロアの片隅にある両替機の脇で、訪れるプレイヤーもないまま、空しくデモ画面を繰り返していた。

  画面の中では、一人の人間が背中を向けて何かゲームをしていた。
  人間は老若男女いろいろなパターンから選べる。人間意外の、動物やモンスターやロボット、アンドロイドもいる。

『あなたはキャラを操って、キャラがいま熱中しているゲームをコンプリートさせて下さい!』

  キャラがいまやっているゲームがアクションかシューティングか、その他か、背中に隠れてまるで見えない。
  見えないゲームをコンプリートさせることなどできない。キャラは梃子でも動かず、アングルを変えることもできない。
  しかし、たった一つだけ方法があった。
  キャラが見ているものを寸分たがわず、ドン・ピシャリと想像してみせることだ。
  彼(ぼくはキャラに自分によく似た少年をえらんだ)がやっているのはネット上でリアル・タイムでプレイする長編アドヴェンチャーRPG「何処にか甦らん」だ。
  彼はいまあっちこっちを旅してきた末、邪神ヴォゾーアグによって何処かの世界のゲームセンターに閉じ込められて出ることができない。そこで彼は推理して、あるゲーム機を征服することによってこの状況から脱出できる、と推測する。
  彼は必死でゲーム機を捜し出した。
  そのゲームとは、「画面の中でキャラがやっているゲームをコンプリートするゲーム」だ。
  ところが肝心のモニターがキャラの背中に隠れて何も見えない。
  プレイヤーは、見えないモニターをどんなゲームのどんな場面かを想像して、プレーするしかない。
  答は一つ−−「何処にか甦らん」で、キャラはゲーム・センターに閉じ込められ…

  というふうに、永遠に話は終わらない。
  かつてこれほど完全無欠の要塞が他にあっただろうか?
  深い海底も、宇宙の果ても、時空のはざまもその気になりさえすれば決して行けないことはない。
  だが、永遠にループする世界には、誰もたどり着くくとはできない…
  ぼくは椅子を頭の上まで持ち上げた。
  モニターの中で無限に小さくなっていく無数のぼくもいっせいにそれぞれの椅子を頭の上まで持ち上げた。
「この」世界のゲームをしていた連中が、
モニターに顔をへばりつかせるほどの熱中から醒めて、全員が血走った目でぼくたちを見た。
「己たちの世界の危機」に対してとは言え、まったく大した感知力だ。
「やめろ!」
「ヤメロ!」
「何をする!」
  いろんな世界のいろんな国の言葉が飛び交う。
  一応みな、人間の姿をして人間のために作られたゲームをしているが、おそらくいろんなタイプの生物が集い、閉じ込められているのに違いない…
  ぼくは白い小さな牙を見せた。
「勝負だ、ヴォゾーアグ。これからが本当の」
  金属製でラバーを張った椅子はストップ・モーションでブラウン管に激突した。
  普通、ブラウン管というものはかなりの衝撃に耐え、椅子をぶつけたぐらいでは壊れないものだが、ぼくはこの一撃に、獣族の精神波を込めた。
  いまのいままで、一発も撃たずに溜めておいた必殺技だ。
  椅子は白いオーラの輝きを帯びた。
  精神波は物質的な存在でないもの、精神だけの存在や、絶対のバリアーを持つものにも、時空を越えて攻撃できる。つまり、いるとして悪魔や神をも傷付けることができる。
  当然、邪神も。−−むろん有効射程の中にいたとしての話だが。
  椅子がブラウン管に接触した。
  ガラスが細片となって飛び散った。
  ぐにゃぐにゃとしたラスター・スクロールが起こり、世界が歪み消え去って行く。
(さて、これで面クリアーしたものか、どうか)
  ぼくはむにゅむにゅとした、曖昧な色の束の中で瞳を凝らした。
(いい加減にしろよ、ヴォゾーアグ。とらえどころがないのをいいことに、「世界」でゲームをしやがって!
  だが、そろそろ年貢の納め時というものだ。
  クトゥルーをはじめ、多くの旧き神神が良き神神の名の下に封印追放された。
  ヴォゾーアグ自身は自由にやりたい放題しているつもりでも、事実上、ゲームの中に封印されているのだ。
  古代ケルトのクリケット、アステカの蹴球、西洋の占星術、古代エジプトの観天望気…
  数字や計算や法則、戦略やパターンを通してヴォゾーアグは人々の心に深く入り込み、支配し、ピラミッドやストーン・ヘンジ、
ジェット・コースターなどを建設せしめた。
  ヴォゾーアグ「彼」の「キャラクター」を)

  背景が形をなし始めた。
  エアコンが強く効いているのに似た乾いたビルの感触…
  音が聞こえる。
  シンバルを叩く音だ。ただしオーケストラにそれのような大きい音ではない。
  バウワウ、ミューミューという犬猫の鳴き声も聞こえる。ただし本当の犬猫ではない。
  小さな、電池で動く、縫いぐるみのそれの音だ。
  ガタゴトザーッという列車が走る音も聞こえる。これも実際の鉄道じゃない。Nゲージの模型の列車が、ジオラマの世界を走る音だ。
  ピカッと閃光が走り、突然視野が開けた。
  案の定おもちゃ売り場だ。ただし、ニューヨークのトイ・センター・ビルディングか、トイざラスの本店かと思うほど、とてつもなく広い。
  壁や柱は全く見えない。ただただおもちゃのショーケースと通路とところどころにあるレジだけが、砂漠もかくやと思うほど延々と広がっている。
(ヴォゾーアグの本拠地だ。ひょっとするとヤツの心の中かもしれない)
  ぼくは直感した。
  ヴォゾーアグにとっては、いわゆる普通のおもちゃも、ピラミッドも都市も、その星の文明も、宇宙全体さえも区別がつかない。
  果てしない銀河も、ヤツにとってはプラネタリウムのソフトぐらいの存在なのだろう。
  ぼくらが退屈にまかせてプログラムをいじくり、太陽系の惑星の順番を変えるみたいにヤツは本物の宇宙をいじくっているのに違いない。
  その能力はまさしく神だ。−−それも邪悪きわまりない…
  たまたま人類の玩具の小部屋に落ちたけれど、遥か向こうの隔壁の向こうは、異なる宇宙、異なる星の生物の玩具が集められているのだろう…
  乾電池の液が漏れ出た臭いや、半田が焦げる臭いがする。おそらくおもちゃの病院があるのだろう。
  ぼくは一歩踏み出した。
  何も起きない。
  ショーケースの中のおもちゃたちには値札は付いてはいない。そこまで気が回らなかったのだろうか、コピー元が売り場ではなくて見本市のようなところだったのか、よくは分からない…
  バービーやジェニーやリカちゃん人形がある。みんな幸せ一杯の微笑を浮かべて愛想を振りまいている。
  ハンバーガー・ショップや美容院や、ペットの店があり、ペットの店には仔犬や仔猫や小鳥やリスやハムスターがいて…
(だめだ、だめだ!)
  ぼくは激しく頭を振って意識を中断した。
  ぼくが今いるのは、意識を集中するとそこの住民になってしまうところの世界だ。
  帰るのは容易ではない。−−いや、そもそもぼくが元いた場所とはどこだ?
「何処にか甦らん」のゲームのCDロムの中じゃないか?
  全く厚みのない平面の世界。
  いや、ビット単位のデジタルの信号じゃないのか?
  それを言うなら人間でもDNAの記号に過ぎないのかも…
  と突然、ショーケースの中の少女が動いた。
  三つ編みにした金髪のピンクのリボンが揺れる。
「そういうこと。いい加減でできもしないことにこだわるのは諦めて、好きな世界を選んで住めばいいのに。あなたはそうする権利のある人なのに」
  ソニア−−ヴォゾーアグだった。赤い短いスカートを同じ色のサスペンダーで吊っている。
「最後の敵を倒すのはぼくの使命だ。ぼくはそういうふうに設定し、造られている。だからできるはずなんだ」
「できる」というところに特に力を込めて
言った。
  ソニアは後ろで手を組んだまま、右足だけ一歩踏み出して小首をかしげた。
「そう、あなたは癌。わたしの身体のどこかにできた、たった一個の変質細胞…
  わたしには肉体がないの。
  あの真ん中が膨らんだ螺旋状の紐のような姿も、仮の姿よ。
  だから、白血球もなければ薬も飲めず、物理療法もできないのだけれど、ゲームソフトに例えたら、自分で自分のプログラムを書き替えることができるの。
  負けそうになれば、相手の手札を次々に悪くできるポーカーのプログラムよ。
  そうやって、宇宙の始まりに近い始源から悠久の時を生きてきた…
  フェン、あなたはよく頑張った。たった一人でよく頑張った。
  バグに例えれば、ビッグバン以来最悪のバグ…
  鱗のある鰻たちの世界のゲーム会社、
「ブルー・ハーツ社」がそれこそ何兆、何京分の一の確率で生み出した有り得ざるキャラクター。
  降参(リザイン)なさい。そうすれば命だけは助けてあげる−−いいや、この世界に存在し続けることを許して上げる、と言ったほうが当っているかしら。
  何ならわたしが友達になってあげてもいい。わたしはパラメータをいじるだけで、あなたのイメージの通りの存在になることができてよ。
  それだけで不足なら世界を一つ、上げてもいい。あなたの思い通りになる世界よ。あなたは文字通り、不老不死の、永遠の支配者として君臨を続けられるわ。悪くない話でしょう?」
「断る!」
  ぼくはたちどころに言った。
「おや一つでは不足なの?  それじゃあ三つ四つに増やしましょうか?  十の世界でも構わなくてよ。
  古来あまたの魔導士たちが望んでやまな
かった地位。本来の神でないというだけで、能力的には神神と全く遜色のない地位。
  人型でかつて短い時間だけれどこの地位についたのは、初代ムー皇帝ラムウ。同じくムーの魔導士のサントゥー、狂えるアラビア人アブドゥル・アルハザード、プロヴィデンスの神秘家ランドルフ・カーターの四名のみ。
  決して悪い話じゃないと思うけれど」
「その四人と違って、ぼくは神になりたいなどとは思わない」
「じゃあ何を?」
  人形のソニアの目が恐ろしいまでに吊り上がった。
「ぼくの願いはただ一つ、二一世紀の今日まで人々を惑わし続ける旧き神ヴォゾーアグを滅ぼすか、封印することだ」
  人形のソニアの口が耳まで裂けて、牙をむき出しにしたかと思うと、ガラスのショー・ケースを叩き割って襲い掛かってきた。
  ぼくはすかさず霊光波を撃った。
  プラスチックが燃えて焦げる嫌な臭いを上げて、ソニアの人形は黒焦げになってボタリと倒れた。
「ヴォゾーアグは見つからない。あなたの愚かな頭では、絶対にみつけられない…」
  ソニアの人形はそう言うとこと切れた。
(どういう意味だ?  全てのゲームは必ず解けるようにできている。ヴォゾーアグが造ったゲームもそうであるハズだ。なのに、ソニアは「絶対」と断定した)
  ぼくは燃え尽きた人形を靴の底で踏みに
じってやった。
  焼け焦げた合成樹脂の頭がパリンと乾いた音を立てて割れた。
(まさか…)
  そのことを想像すると気分が悪くなった。(永遠を生きる精神生命が密かに身を隠す場所。誰もが「絶対に」思いつかない場所…)
  ぼやぼやしているうちに、他の人形たちも顔をぐにゃぐにゃに歪め、凶暴そのものの顔になって迫ろうと舌なめずりをし、牙を光らせていた。
  もう、超能力による攻撃など大切に置いておく必要などない。
  ヴォゾーアグの本体が、テーマパークのジェット・コースターの軌道と同じくらいデカいものだと思っていたから、いままで迷路に入り込んでしまっていたのだ。
  ヤツは、ヤツの正体は大きくはない…
  居所は遠くない。そう目と鼻の先だ。いかなるヒントも必要のないぐらい近くにいる。
  金髪や栗毛の美少女の人形たちが飛びか
かってきた。ウサギやリスの格好をした小さな人形たちも、だ。
  ぼくは残りの霊光波を撃った。
  そのフロア全体が炎の海に包まれた。
  普通の世界ならば非常ベルがけたたましく鳴り、スプリンクラーのシャワーが落ちてくるところだが、何も起こらない。
  ここはヴォゾーアグが造った世界だからだ。
  ヴォゾーアグは外なる神であると同時に内なる神だったのだ。
  分かれば簡単。
  ぼくは駆け出した。久しぶりの獣の走り。長い長い檻の中の生活からやっと抜け出した野生の獣の気持を取り戻した。
  家庭用のゲーム機械のフロアにやってきた。
  幾百幾千ものソフトをデモするモニターがずらりと並んでいる。
  中にはもちろん「何処にか甦らん」もある。
  それぞれの名場面がちょっとづつ続き、
「PUSH  START」の文字が浮き上がる永久デモが流れている…
  もちろん、最後の最後のボス・キャラを映しているものはない。…当然だ。
  ヤツの居所は分かった。たった今判った。
  こんな単純なことになぜいままで気が付かなかったのか、自分の莫迦さ加減がほとほと嫌になる。だが、それももうしばらくのことだ…
  ぼくは近くのトイレに入った。
  アンモニアと消毒剤と芳香剤の臭いがする。
  洗面所の鏡の前に立つ。
  唇の端からほんの少しだけ一対の小さな牙のはみ出た、見慣れた顔がこちらを見ている。
  目の下にはコックをひねらなくても手をかざすだけで水の出る最新式の蛇口があった。
  ぼくはゆっくりと後じさり、背中を壁に付けた。
  鏡の中の顔が幾分小さくなった。
  ぼくはニヤッと、久しぶりに牙を大きくむき出しにして笑うと、霊光波を鏡の中の自分の顔の額の中心に向かって撃った。
  鏡で反射され跳ね返った光は計算通り、生身のぼくの額を木っ端微塵にかち割った。
  衝撃が身体全体を壁に打ちつける…
  幸い、目玉は傷付かず、飛び出しもしなかった。もちろん、そんな無細工なことにならないように、ちゃんと加減して狙ったのだけれど。
  ぼくは、割れた頭蓋骨の奥、砕け散った脳髄の中に、いくつもの輝く宝石状の目を持つ螺旋の紐が、存在と非存在の間をゆらゆらと揺らめきながら蠢いているのを見た。
  上部と下部の紐の端は全体の裏側で繋がっており、永遠に滅びない、邪悪な神であることを示している。
「見事だ!」
  ヤツ−−ヴォゾーアグはソニアの声でそれだけ言った。
「コンプリートはできなかったけれど」
  ぼくは薄れ行く意識の中で、かろうじてろれつが回らなくなるのをこらえながら言った。「−−真の居場所までは見つけたぜ」
「我等旧き神、旧き支配者は、全員が永遠の命を持っている。それ故、我等を倒した旧き善き神神も、我等の命を奪うことは能わず、堅く封印するのみに留まった。
  だから、真の居場所−−封印されている場所を見つけた貴様は、やはり特別だったと認めざるを得ない。
  ゲームに例えれば、コンプリートと変わらぬだろう。
  重ねて褒めておこう」
  邪神に褒められても嬉しくない。
  ヤツはぼくという場所を失ったら、次はどこへ行くのだろうか?


★ヴォゾーアグのネーミング、デザイン、特性などについては、友人で大のクトゥルー・ファンである、ブタヘビ氏の考えられたものです。謹んで厚くお礼申し上げます。





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